講座 心理学概論 2 心理学研究法 21 心理学研究の倫理とこの章のまとめ

 いかなる心理学研究においても、倫理への配慮が求められる。研究結果を研究の目的以外に使用すること、対象者の匿名性を担保しないことは研究倫理の面から見て許される行為ではない。なぜなら、これらの要件は、心理学的研究の未来における信用問題にかかわるからである。また、データの捏造や改竄も許されない。心理学の進歩を妨げるからである。  

 特に被検者には、実験や調査の途中で「やめたい」と思ったらいつの時点でもペナルティなしに放棄できることを実験や調査に先立って知らされていなければならない。臨床においてはインフォームド・コンセント(通告済みの同意)、守秘義務が守られなくてはならない。また被検者には自分のデータを知る権利があることも知らされていなくてはならない。  

 ある種の知覚心理学的・社会心理学的実験には、実験の目的を被検者に知られていたならば成り立たない実験がある。このような場合、デセプション(だまし)を被検者に体験させた理由を、実験終了直近に説明する説明責任(アカウンタビリティー)が実験者には生ずる。この説明行為のことを「デブリーフィング」と言う。どの程度のデセプションが許されるかは、被検者を傷つけるか否かを一応の基準とする。「社会心理学」の章に出てくるミルグラムの服従実験のように被検者にアフターケアが必要になるような実験は計画すべきでない。  

 これまでで、心理学的研究法の説明は終わりである。一応簡単かつ科学的な研究ができる程度まではこれまでに説明したつもりである。しかし、具体的な研究にはこれまで触れてこなかった。第4章以降で読者諸氏は具体的な研究と論争点が顔を出すのをみることになる。  

 次章では心理学史を扱うことになる。エビングハウスの「心理学の過去は長いが歴史は短い」と言う言葉を念頭に読んでいただけるならば拙者望外の幸せである。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 20 一事例の実験デザインとアナログ研究

 臨床心理学における症例研究においては、行動の一回性や症状のユニークネス、同一症例のグルーピングが困難なために、単一事例に対して実験的処遇を加える方法が多用される。  

 単一事例の実験デザインには、以下のものがある。  

 ABABデザイン・・・何も処遇しない状態のときのことをベースライン期(A)と言い、介入要因 を導入した時期を処遇期(B)という。Bが効果を持っているかを見るためにABABの順で期間を設定する。Bが効果を確かに持っているならば、いずれのBでも改善傾向を示すはずである。  

 多層ベースラインデザイン・・・ベースラインを同時期に複数開始し、介入を時期をずらして導入する。複数の介入場面や複数のターゲット行動、複数の対象者を対象として、たとえば複数の介入場面を例に取ると場面1と場面2における介入がベースライン期に比べて場面1で効果があった介入を場面2でも効果があるかを見るために介入を実施する。行動が改善したら、ベースライン期に戻さないのが特徴である。  

 治療交代デザイン・・・ベースラインを測定した後、複数の介入要因を時系列的に相殺するようにそれぞれ導入し、より治療効果が高かった介入を採用し、導入する。  

 アナログ研究とは、正常と異常を正常者を「正常者群」「非正常者群」に分けて研究する方法である。正常者内の「正常者」「非正常者群」に分けて研究し、実際の「正常者」「異常者」の趨勢を類推することから「アナログ研究」という。アナログ研究は実際の「正常者」「異常者」では倫理的に許されない研究などに用いられる。限界として、アナログ研究で得た知見をどこまで一般化できるかなどがある。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 19 縦断的研究と横断的研究

 発達心理学研究には大別して2つの研究法がある。ひとつは縦断的研究で、いまひとつは横断的研究である。  

 縦断的研究とは個々の被検者を長期間にわたって行う研究のことであり、発達の質的変化を正確に捉えることができ、時代の影響も捉えることができる反面、費用の高さ、被検者の中途脱落、労力の大きさなどの面から見て、すべての条件を満たさない限り行うことは不可能である。この負担を小さくするために、同じ時期に同じ体験(例:小学校入学、同期入社など)をしたものをたとえば5年区切りでコホート(同一時期同体験者集団)について縦断的研究が行えるようなコホート研究が実際の心理学的研究には多く見られる。  

 横断的研究とは広い被験者層に対して1回だけ調査を行う方法のことを言う。分かるのは現在の被検者の心的状態、おおまかな年代差などであり、縦断的研究と比べると、得られる情報は限定的である。しかし、労力・費用・中途脱落などが低く、容易に実行可能である。テストの信頼性・妥当性を見るためにも有用なため、横断的研究は多く用いられる。  

 なお、横断的研究と縦断的研究を組み合わせた系列横断法もあることを忘れてはならない。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 18 面接法

 面接法には探索(調査)的面接と臨床的面接の2種類がある。前者は仮説を吟味したり生成したりするさいに用いられる面接法である。後者は児童や学生の評価や心理臨床で用いられる面接法のことを言う。  

 面接法には大きく分けて3つの種類の面接法がある。すなわち、構造化面接法、半構造化面接法、非構造化面接法である。  

 構造化面接法では、質問とその順番、口調があらかじめ決められており、自由なのは被面接者の様子を見ながら問の意味を解説したり、回答の意味を確認することぐらいである。探索的面接で用いられることが多い。臨床心理診断などでよく用いられる面接法である。  

 それに比べてやや自由なのが半構造化面接法であり、質問は基本的に決まっているが、順序を変えたり、質問への答えを見てさらに詳しい質問を加えたりできる。構造化面接法の長所と非構造化面接法の長所双方を備えた優れた面接法である。入社・入試面接、学校の親子面談などがこれに該当する。  

 基本的にすべてアドリブで行う面接法を非構造化面接法という。広い範囲の心理的問題や心理相談、教育的指導・評価などではよく用いられる方法であるが、相当の経験を必要とする。  

 ところで、面接者が面接に臨む場合、面接者の存在が被面接者の回答に大きな影響を持つことが知られており、これを「面接者バイアス」という。面接の自由度が大きいほどこのバイアスは大きくなる。それを最小限にするためには、面接者と被面接者のあいだに信頼関係が成り立つことが第一となる。この信頼関係のことを「ラポール」という。特に心理相談などでは重要な概念であるので、よく押さえておくこと。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 17 観察法

 観察法は乳幼児心理学や臨床心理学で多用される方法であり、その名の通り対象者を観察する方法のことである。まず第一に観察法は自然観察法と実験観察法に大別できる。自然観察法では対象者を統制せずに観察する方法のことであり、実験観察法では実験的処遇を加えて反応を観察するという方法のことである。  

 別の観点から見ると、観察法は組織的観察法と非組織的観察法に大別できる。後者は日常生活の中で偶発的に起こった出来事を記録してゆくと言う形を取り、後に述べる行動目録法の行動カテゴリー表を作るさいの参考になる。そして、組織的観察法はさらに参与的観察と非参与的観察に分かれる。参与的観察においては観察者が何かしらのやりとりをしながらの交流的観察もあれば、ちょっと被観察者から距離を置いて自然な観察を行おうとする非交流的観察もある。非参与的観察では直接に被観察者を観察する直接的観察と、録画機器などをもちいる間接的観察に分けられる。  

 観察の質的側面から見て行けば、時間見本法と事象見本法、行動目録法、日記法などに分けられる。時間見本法は単位時間あたりの行動の出現頻度を記録する方法であり、事象見本法はたとえば「おしゃぶり」といった事象がいつ如何にして生起したかに焦点を絞って行う観察のことである。行動目録法はあらかじめ起こりそうな行動をリストにしてチェックする方法である。日記法は長期にわたる観察を1日ごとに区切って詳細に記述していく方法で、行動描写法とも呼ばれる。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 16 調査法・検査法

 心理学における調査法は、たとえば「酒を飲むか」「飲まないか」について計数を取るだけの単純な調査から「自分について」のように系統立った詳細な質問が含まれるアンケートまで様々である。回答の仕方によって多数の選択肢の中から1つの項目を選ぶ単一回答法(多肢選択法:該当する段階にマークするような方法=評定尺度法を含む)、複数回答法のように多数の項目の中から当てはまる複数の項目を選ぶ方法、自由回答法のように、質問文に対して自由記述をもとめる方法まで様々ある。データは面接、郵送、電話、集合(多数の被調査者に1箇所に集まってもらう)、インターネットなどの各方法から得られる。どの方法も一長一短あり、調査者はそのことへの配慮が要求される。結果はそれにふさわしい統計分析にかけ、分析する。  

 調査には曖昧・難解な質問文を使わないこと、ダブル・バレル質問(一つの項目で2つ以上の質問を行う場合の質問)やキャリーオーバー質問(前の項目への質問が後の項目への回答に影響するような質問)を避けねばならない。そのためダブル・バレル質問は分解して2つの質問に、キャリーオーバー質問は質問の順序を入れ替えたりして効果を相殺するのが望ましい。  

 検査法は、すでに充分な信頼性と妥当性が確立している(たいていの心理テストはマニュアルにそれらが記してある)、ないしはよく用いられる心理テストを用いて被検者を検査する。検査法には質問紙法・作業検査法・投影法などがあるが、これもそれぞれに一長一短がある。質問紙法は信頼性・妥当性それぞれが高いのが長所であるが、被験者の回答の偏りを見抜きにくい。そのためライ・スケール(虚偽回答尺度)の備わっている検査も数多くある。作業検査法は、疲れ方のパターンの解析には有効であるが、性格検査としての妥当性に疑義がある。投影法は信頼性・妥当性ともに低く、解釈者の主観に偏る傾向がある。投影法の代表格にロールシャッハテストがあるが、信頼性と妥当性を高めるためにコンピューターを用いたエクスナー法が有力視されつつある。できるだけ信頼性と妥当性を担保するために、形式の違う性格・知能検査を組み合わせて診断基準の正確を期すために、テストバッテリー(検査の組み合わせ)を組んで被検者を検査するのが現在では一般的である。なおこの話題は「心理テスト論」の章で詳しく触れるので、ここでは簡略を期して記述した。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 15 実験法

 心理学における実験では、ある処遇を与えられた実験群と、基本的にある処遇を与えられない統制群を設定して、実験群と統制群のあいだで関心のある結果に差が見られるか否かを見極める。実験群でも統制群でもランダムに被検体(者)を抽出し、実験で施す処遇以外はすべて同質なグループを作って、それらに対して実験を行う。実験で確かめるのは因果関係であり、単なる相関ではない。そのため、因果関係がないと期待される統制群(帰無仮説群に当たる)と因果関係が期待されている実験群(対立仮説群に当たる)の差の検定を行って、実験的処遇の効果を見るのである。  

 ところで例えば、向精神薬の効果を見るために実験をしたいとする。実験群では実際に向精神薬を与えるとすると、「投薬の効果」という剰余変数を統制しなければならない。そこで、統制群には、向精神薬だと偽って偽薬(たとえば単なる糖錠)を与える必要がある。このように、厳密に言えば「統制群」は必ずしも何の処遇を受けないわけではなく、形式的な中性刺激を与えられる場合がある。フリーマン・ウェリングトン・ブレスにおける研究では罪悪感と応諾性の関係をみるために、実験群では一つの足が5センチ短い不安定な机の上にインデックスカードが置かれ、被検者が机にもたれるとそれらが崩れ落ちるような条件を与えられ、統制群では机は不安定ではなく実験者が机にぶつかってインデックスカードを崩すように設定された。この実験でも「インデックスカードを崩すのが実験者か被験者か」と言う違いがあり、統制群が無処遇ではないことが分かる。  

 すでに分散分析の表題に出てきたように、実験には被検者内計画と被検者間計画がある。被検者内計画においては条件のすべてを被検者が体験するので、条件が増えるほど被検者の負担が大きい。被検者間計画では条件ごとに被検者が違うため、被検者の負担が小さくて済む。他に被検者内計画と被検者間計画を組み合わせた混合計画がある。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 14 ここまでのまとめ

 因子分析以下、複雑な計算を要する統計分析については、(フォントの関係もあり)概念的な簡単な説明に止めた。それはこの文章が「心理学概論」であるということにも由来する。他にも情報量の確認、G-P分析、構造方程式モデリング、データマイニングなど、最近の心理統計学にしばしば顔を出す話題も犠牲にした。それはすべて本文が「心理学概論( An Introduction of Psychology )」であるゆえである。具体的に説明したのは差の検定、適合度の検定、相関係数ぐらいである。しかし、これらの知識があるとないとでは研究の動機付けが格段に異なるものと思う。数学的知識は中学校程度を想定した。心理学検定は年齢・性別にかかわりなく受検できる。中学生の方でも心理学検定は受けられるのである。中学生1級取得も夢ではない。とかく煩瑣になりがちな統計の説明に、大学レベルの数学の知識を持ち込むことは、上記の趣旨から言って有益でないと判断した。  

 これで心理学における統計の章は終わるが、心理学研究法は統計のみではない。些か節は多くなってしまうが、今しばらく「第2章 心理学研究法」にお付き合い願いたい。実際の研究がどのように行われているのかに我々はこののち直面する。「これだけ知っていれば実際に研究ができる」というところまでは第2章で辿り着きたい。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 13 その他の統計的分析

 以下の統計分析はSAS・SPSSで求めることができる。  

 紙幅の関係上、その他の統計的分析は、短い文章でまとめることとする。  

 テストを構成する項目を統計的に構成する方法を項目分析と呼ぶ。項目の困難度を「通過率」、識別力を「点双列相関係数」で表す。しかし、この方法では1つの項目得点がテスト全体の値に影響を与えるため、その適切性に疑義がある項目で満たされていないとまた最初から分析を始め直す必要があり、煩瑣であった。そのため最近では項目を独立に定義し通過率を評価する「項目反応理論」が台頭してきている。  

 相関係数に関係する分析として最小二乗法による単回帰分析がある。そこでは2変数の値をグラフに書いて最も当てはまりの良い回帰直線の式(一次方程式で表す)を求める。この手法を最小二乗法を用いて二つ以上のX(X1・X2・・・Xn:例 センター試験の国語と数学の成績)についてYの回帰式を求める手法を重回帰分析という。また、結果変数が名義尺度の場合にある標本がどのグループに属するかを統計的に決定する方法を判別分析という。判別分析は、独立変数が判別に影響しているかをみるためにも利用される。独立変数が複数の場合を重判別分析という。3つ以上の独立変数がある場合には「正準判別分析」という。次に主成分分析があるが、これは多くの変量を、できるだけ統計的損失なしに1つあるいは複数個の総合的指標で代表させる方法である。また、多次元尺度構成法は2つの変数の類似度を判断するさいの根拠を明らかにするための方法である。  

 質的変数しか与えられていないデータに何らかの合理的方法で数量を与え、そのデータの意味を探ることを(林式)数量化理論という。数量化Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ類は上記それぞれの重回帰分析・正準判別分析・主成分分析・多次元尺度構成法の質的方法版とも言うべきもので、抽象度の高い心的特性の客観的議論を可能にする重要な方法としてデータ構造の探索、新たな仮説の生成に威力を発揮する。

講座 心理学概論 2 心理学研究法 12 信頼性と妥当性

 たとえばパーソナリティー検査・知能検査などには信頼性と妥当性が求められる。  

 信頼性とは同じ検査を複数回受けても検査得点に差が見られない度合いのことである。つまり、テスト得点をS、真値をT、誤差をEとして数式で表すと、S=T+Eとなるが、ここでEの値が最小になるようなテストが望ましい、ということである。信頼性を測る測度としては、測定の標準誤差(誤差の標準偏差)、信頼性指数(真値Tと測定値Sとの相関係数)、信頼性係数(得点Sの分散に占める真値Tの分散の割合)、信号雑音値(真値Tの分散と誤差Eの分散との比)などがあるが、信頼性係数を利用することが多い。信頼性係数の取り得る値は0~1であるが、一般に0.9以上であることが望ましい。同じ被検者に複数回テストを受けてもらうことはできない。そこで多数の被検者にテストを1回ないし2回受けてもらって信頼性の高さを推定しようとする。その方法には再テスト法(同一の被検者に2回テストを受けてもらう方法)、内部一貫性による方法(たとえば問題項目を偶数番と奇数番に折半して信頼性係数を推定する折半法(スピアマン-ブラウンの公式;信頼性係数ρ=2r/(1+r):クロンバックのα係数;α=(n/(n-1))×(1-(項目分散の和/合計点の分散))、代替テスト法(同一の構成概念を測定し、得点の平均、分散、信頼性が同値となる平行テストを用いて信頼性係数を推定する)などがある。  

 妥当性とは、測定したい内容を確かに測定している確度のことをいう。テスト項目がそのテストで測定しようとする領域の適切な標本となっているかを(複数の専門家などによって)表すのが内容的妥当性、たとえば精神疾患の診断あるいはすでに妥当性が確立しているような心理検査を外的基準として精神疾患テストとの関係の強さをみるような場合の妥当性を項目基準関連妥当性(外的基準がテストと同時に与えられるような場合には併存的妥当性、後に与えられるような場合を予測的妥当性という)といい、形式の異なる同一の構成概念を測っているテスト間の相関の高さに基づく妥当性を構成概念妥当性と言い、相関の高さを収束的妥当性、低さを弁別的妥当性という。