精神疾患とは、感情・思考・行動・対人関係などに著しい障害をもたらす脳の機能的な不調であり、うつ病や不安障害、統合失調症、PTSDなど多岐にわたる症状を含みます。これらの疾患に共通して見られるのが「恐怖」という感情との深い関係です。恐怖は本来、生存に必要な危険回避のための感情ですが、精神疾患においてはこの恐怖が過剰に、あるいは不適切に働くことで、日常生活に支障をきたすようになります。
脳内で恐怖の感情を司る中心的な部位が「扁桃体(へんとうたい)」です。扁桃体は外界の刺激を危険かどうか判断し、必要に応じて身体を緊張状態に導きます。この過程において重要な役割を果たすのが、ノルアドレナリンという神経伝達物質です。最近の研究では、扁桃体に存在するノルアドレナリン受容体が過剰に活性化されると、恐怖反応(正確には恐怖の記憶的定着)が過敏になり、精神疾患の発症や持続に関与する可能性が示唆されています。たとえば、PTSDでは些細な刺激にも過剰な恐怖反応が生じ、過去のトラウマが繰り返し再体験されることがあります。
このような知見は、精神疾患の治療に新たな可能性をもたらしています。従来の治療法は、抗うつ薬や抗不安薬などによる神経伝達物質の調整が中心でしたが、扁桃体のノルアドレナリン受容体の活性を直接的に制御する薬剤の開発や、脳の特定部位に焦点を当てた神経調節技術(例:TMS=経頭蓋磁気刺激法)などが注目されています。また、認知行動療法などの心理療法も、恐怖の認知的な枠組みを再構築することで、扁桃体の過剰反応を鎮める効果があるとされています。
つまり、精神疾患とは「恐怖」という感情の異常な働きが中心にあり、それを担う脳の扁桃体とノルアドレナリン受容体の関係を理解することで、より根本的な治療への道が開かれつつあるのです。科学的理解の進展は、苦しむ人々にとって希望となるでしょう。