夜夢の本質

 我々が夜見る夢については、さまざまに考えられてきたが、筆者なりの見解が固まったのでここに開陳しておく。

 エプスタイン氏(Epstein,S.,2014)によると、夜夢と言うのは「睡眠によって意識が変調した状態において生起する経験処理の堕落した働き」だと言う。

 少し具体性に欠ける表現であるので、僕なりに気付いたところを言うと、夜夢と言うのは心に「斜め対して」現れるものであり、自分の事象コントロール能についてのものだと見ることができる。これは現在の社会の一般的な価値観であり、ある意味夜夢と言うのは「呑まれた価値観の反映」なのであり、そうでない社会でも夜夢の特質がそうなるのかについては確言できない。では、そのような大脳生理が働いているのは一体どこなのか。

 もちろんそれは、フロイトが言っていたような「妄想」なのではない。

 

 臨床心理学では夜夢と言うのは必ず「隠れた欲求の表れ」とか「インプレスされた(強く印象に残った)経験の象徴」だと考えられ、大学院の試験に出るほどであるが、これはまったくのデタラメで、頭学問がいかにいい加減なものかを物語る好例と言えよう。

 長年良く分からなかった夜夢の本質について、ようやく見解を持つことができた。

「卒業」の日米比較に異議あり

 日本では、「入学してしまえばふつうは4年で卒業できる」と言い、アメリカでは「入学は簡単だが卒業は難しい」と言う。

 これを単に「子を送り出す親の立場」で考えてみると、やはり日本の方が親切なように思える。

 「卒業が難しい」と言うことは、卒業のための年数が増えると言うことなので、それだけ学費をたくさん取られることになる。

 アメリカでは、「大学もビジネス」のようである。

2018年式ツーリングセロー

 これが僕の愛車です。

 いわゆる「ファイナルエディション」も考えましたが、特にスペックが変わったのはフレーム塗装とエンブレムだけだったので、こちらを選びました。

 型式が以前乗っていた「DG17J」から「DG31J」になって大幅にサスペンションの反応が向上し、同じ83㎝のシート高ながら足つきが格段に良くなりました。

日本心理学会心理調査士取得!!

 4年前に中京大学心理学部に(科目等履修生として)52歳の学生として通って、ようやく日本心理学会心理調査士(正式名称:日本心理学会認定心理士(心理調査))資格を取得できました。

 心理調査士の活動領域は広いです。心理検査から意識調査、実験結果の分析検討まで、と。

ギルバート・ライル(Gilbert Ryle)が言いたかったこと

 ギルバート・ライル(Gilbert Ryle)がその著“The Concept of Mind(心の概念)”で「身体」と「心」は概念クラスが別で、いわゆる「心身問題(身体と心の関係についての哲学的見解の問題)」は「カテゴリー・ミステイク(概念の取り違え)」が元で心身二元論(身体と心は別の存在である、と言う哲学説)が提唱されていると言う分析でした。

 ではライルはどう考えていたのか?

 彼は「状態(state)」を表す概念と傾向(disposition)を表す概念は違うと説く。たとえば「彼は太っている(state)」と言う概念と「彼は賢い(disposition)」と言う概念は、常に観察可能なのかどうかと言う点で認識のカテゴリーが違うと言う。

 ライルの言うことの核心は、まぁそう言ったところにある。

認定心理士資格既取得者への心理調査士資格取得が可能になりました

 本(2021)年1月19日より、新規認定心理士資格取得者のみが心理調査士資格(正式名称:認定心理士(心理調査)資格)を取得可能だったものが、我々のような認定心理士資格のみの既取得者へも心理調査士資格の取得のための受け付けを日本心理学会が開始いたしました。

 僕も早速心理調査士資格の申請を行い、4月10日の資格認定委員会にて資格審査を受けることになりました。

 詳しくは、日本心理学会の認定心理士(心理調査)資格の案内ページ(こちら)をご覧ください。

アブストラクト(発表要旨)

 3月13日午後1時より、第30回日本乳幼児医学・心理学会大会(Web開催)にて、「絆としての意識~意識の必然性における親子要因と身体防御要因について~」を発表しました。

 要旨は以下の通りです。

 鳥類・哺乳類には明白に意識があるが、それは養育過程における「訴求(例えば雛がピヨピヨ餌をねだる)と気遣い(親鳥が餌を取ってきて与える)のキャッチボール」の必然的な結果である。

 それらの生物の生態学史的ノードノード(個々の結節)において、それが生体防御にとって有効にはたらくために心理学で言う「強化子(意識過程の発達の要因)」として意識と言うものが維持されてきた生物史と言うものに思いを馳せないでいることはできない。

 それゆえ、些か端的ではあるが、意識の必然性として親子要因と身体防御要因を指摘した次第である。

 大雑把には以上です。