講座 心理学概論 2 心理学研究法 1 動物実験

 倫理上、人間では許されないような実験を遂行するために、また、言葉を持たない乳幼児などにかんする知見を得るために、動物実験が行われてきた。動物実験の被検体はハト、ラット、マウス、サルなどが主である。  

 動物実験を巡っては、2つの立場がある。1つは、どんな動物を使って実験をしても、その結果は必ずヒトに当てはまるという立場で、「普遍主義」という。学習心理学者の多くはこの立場を取っている。いま1つは、その動物で得られた知見は、その動物のみに有効な知見である、と言う立場で、「生物主義」と呼ばれている。動物行動学(エソロジー)の研究者の多くはこの立場を取っている。旧来学習心理学者が取ってきたこの立場に学習心理学内部からこれらの立場の対立が先鋭化したのは、ガルシアによる味覚嫌悪条件付け実験あたりからである。これは、ラットに新奇な味覚刺激を与えた後に数時間おいて中毒を引き起こす物質を投与すると、ラットは1試行だけの刺激-中毒を体験しただけで、味覚嫌悪条件付けが成立する、と言うものであり、ソーンダイクの効果の法則、ハルの習慣強度、アリストテレスやガスリーの接近の法則に対する挑戦であった。これを巡ってセリグマンはかかる現象の陰には「準備された連合」があると指摘した。これを裏付けるかのようにブラウンとジェンキンズはオペラント(自発的)条件付けで形成されると考えられていたハトのキーつつき反応が、古典的(反射)条件付けの手続きによって効率的に形成される事実を発見し「自動反応形成」と名付けたが、これもキーつつきという生得的反応が学習事態に侵入して起こる現象だとされた。また、ブレランド夫妻のアライグマの貨幣学習においても、硬貨が1枚の時は問題なく硬貨を硬貨として学習したのに対し、2枚になると突如硬貨同士を擦り合わせる行動が見られた(本能的逸脱)ことから、生得的行動が強化随伴性に拮抗して現れるのだと解釈された。こうした事実が報告されるようになってもなお、学習の基本メカニズムは種差によらないという学習心理学者の主張は変わらなかった。確かにワトソンのアルバート坊やの爆音によるハツカネズミへの恐怖条件付け(こうした実験は現在では倫理上認められていない)も、ラットへの音刺激による電撃への恐怖条件付けも原理は同じに見える。こうしたことから石田は、種に固有な学習形態と種を超えて普遍の学習形態が共存していると考えればよい、と指摘している。  

 なお、現在では日本心理学会の倫理綱領にもあるように、実験動物に対する実験であっても倫理的配慮が必要だと指摘されている。

講座 心理学概論 1 神経心理学 13 この章のまとめ

 神経心理学の課題は「こころ」を実現している生理学的側面の明確化にある。そのため、純生理学的研究のように人体自律のメカニズム(たとえば「ホメオスタシス(*)」「アロスタシス(*)」)を究明することにあるのではない(もっとも、「こころ」に影響を与える因子としては究明が必要であるが)。  

 心理学的現象にはそれを裏打ちする生理学的変化があった。学習・記憶などの現象の神経心理学的メカニズムも1949年ヘッブがシナプスの化学的物理的変化が学習のメカニズムであるというヘッブ則を主張して以来、こうした問題を(あるシナプスに高頻度で電気刺激を与えたとき、連絡神経の伝達効率が上がるというロモの)長期増強・(その逆の)長期抑圧というテーマで、たとえば利根川進らの研究グループは、空間学習にかかわるとされる海馬で長期増強が起こらないノックアウトマウスの学習能力が低下することを見出している、と言ったように、神経機構と学習・記憶の関係が明らかにされつつある。ミュラーのような生気論ではなく、デュボワ=レイモンやヘルムホルツの機械論が勝利しつつあるかのように見える。しかし、事は事ほど左様に単純なのであろうか。たとい機械論の立場で研究を続けていったとしても幾多の試練が待ち受けているであろう。また、この分野のフィールドワーク的研究の蓄積の小ささが、いささか目立つという思いに駆られるのは筆者だけであろうか。我々は主として心理学において、意味という観点から心を見て行こうとする。意味による過解釈を防ぐために生理学的研究に目を向けていたのではないだろうか?生理学的メカニズムに先立って心理学的、すなわち意味的現象があってはじめて「心理学的」研究は動機づけられてきたのではなかっただろうか?さまざまな生理学的神経学的事実をこれまで列挙してきたが、心理学はあらゆる角度からの心の理解に努力を惜しまないできた。  

 次章においては、そのような意味からも、どのようにこころにアプローチするかといった方法論的説明をする。心理学が実証的な科学たりえようとして心の豊かな内容をいささかも傷つけず、どんな工夫をしてきたかを歴史的時間軸に沿って書いて行く予定である。  

 筆者、常識的見解のように学の成立は方法論の成立にあるのではなくて、学の自覚にあるのだと考える。そのような主体的立場から見て、あえて方法論を前面に押し出すようなことはしない。あくまで心理学的研究を実際行う立場から見て便利なように方法論をまとめて述べるに過ぎない。読者諸氏はこのことをあくまで忘れないで欲しい。

(*)「ホメオスタシス」・・・生体が生理学的均衡を保とうとするメカニズム。キャノンが幾多の実験を経て提唱した。    

「アロスタシス」・・・・自律神経系による、変化を介しての生体の均衡維持メカニズム。たとえば「血圧」など。

講座 心理学概論 1 神経心理学 12 生理心理学的測定法

 

 ここでは侵襲的方法(生体に悪影響を及ぼしうる方法)と非侵襲的方法の両者について述べる。  

 侵襲的方法には解剖学的に危険な方法と、放射線被曝のような侵襲的方法がある。前者として脳の萎縮などの進み具合を知る方法として気脳造影法がある。これは、脳に損傷を生じると脳が萎縮し、脳室が増大する事実を知るためのもので脳室に空気を送り込んでX線像を得る方法であるが、どの程度の損傷がどちらの半球にあるかまでしかわからないため、現在では用いられていない。空気の代わりに造影剤を注入してX線の透過率を変化させX線像を得る場合を脳室造影法と呼ぶ。および血管造影法においては放射性不透過性造影剤を頭部に注入してX線撮影をして、脳内の血管の状態を画像化でき、出血箇所、閉塞部、動静脈奇形の位置を知ることができ、画像化に超音波やMRI(後述)を使用するようになってからは、当初高かった侵襲性も低くなり、現在でも用いられている。放射線被曝をともなう侵襲的方法の代表はCT(コンピューター断層撮影)がある。CTは脳の病変を正確に捉えられるようになったという意味で1970年代から脳の病変の把握に革命をもたらした。たとえば、水分が干上がり脳軟化の病状を呈している箇所はX線の透過を高率で許すので低吸収域と言い、黒くうつる。血腫などができた箇所はX線の通過率を低くするので高吸収域と呼び、白くうつる。しかしCTは、機能の低下と言った特異な症例の診断には限界があり、これを補うためにSPECT(単一光子放射型コンピューター断層撮影法)が開発されたが、いずれも冠状断の撮影しかできないという欠点が残った。近年では、PET(陽電子放射断層撮影法)まで開発が進んでいる。  

 侵襲的方法とは言えないかも知れないが、剖検や手術も病巣局在法の代表格である。しかし剖検は時間的ズレ、手術は病巣局在そのものに欠点を持ち、限界が指摘されている。それでも得られる情報の多さから現在でも重視されている。  

 非侵襲的方法には、1930年代に開発されたEEG(脳波)、ERP(事象関連電位)、MRI(磁気共鳴像)、fMRI(機能的MRI)、MEG(能磁図)、光トポグラフィ、経頭蓋磁気刺激法などが盛んに研究に用いられている。ここではERPとfMRIに限って言及しておく。  

 ERPは刺激による感覚、注意・記憶などの心的活動を反映した電位変化である。たとえば動物の名前を一語ずつスクリーン上に呈示している途中で一語だけ果物の名前を呈示すると潜時が400msの陰性電位を生ずる(意味的ミスマッチ)。このようにERPは感覚や認知活動の指標として心理学の研究では用いられている。  

 fMRIは、水素原子核中の陽子(プロトン)が、強い磁場の中でコマのような回転運動を続けている現象から脳内の水の分布状態を画像化するMRIに構造探索のみならず機能研究もできるよう改造されたMRIである。

講座 心理学概論 1 神経心理学 11 遺伝子

 遺伝子は、DNA(=ゲノム)の集合体のことであり、生体の設計図である。それは細胞核の中の糸状組織である染色体に存在し、哺乳類では2対の染色体を持ち、ヒトでは23対の染色体がある。この対になった染色体の、両性からの染色体のそれぞれ同じ位置に存在する遺伝子を対立遺伝子と言い、対立遺伝子が異なる場合に優位な遺伝子の形質が発現する。この形質のことを表現型と呼ぶ。  

 二重らせん状のデオキシリボ核酸(DNA)とヒストンタンパクから染色体は成っている。DNAは、デオキシリボースおよびリン酸の鎖に連結したヌクレオチド塩基の連続で、それにはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)があり、グアニンとシトシン、アデニンとチミンがそれぞれ対結合した構造から成っていて、二本鎖を構成している。  

 タンパク質を合成する場合、DNAは一本鎖となり、ヌクレオチド結合部にチミンのかわりにウラシルUが配列されたリボ核酸(RNA)が結合してメッセンジャーRNAがが作られ、メッセンジャーRNAはスプライシングという過程でDNAがタンパク質をコードしている部位(エキソン)のみの情報をタンパク質をコードしていない部位(イントロン)を残して転写する。メッセンジャーRNAはリボゾームという細胞の小器官でタンパク質の合成(翻訳)が行われる。  

 まれに、性染色体がXYYという3連の組み合わせになることがあり、このような染色体異常者は犯罪脆弱性群と考えられている。

講座 心理学概論 1 神経心理学 10 神経伝達物質

 では、シナプス小胞から放出される神経伝達物質(ニューロトランスミッター)にはどのようなものがあるのだろうか。  

 代表的なものに限って挙げると、アセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン、エピネフリン、グルタミン酸、γ-アミノ酪酸(GABA)、セロトニンなどが挙げられる。神経伝達物質を分子構造から見ると、アミノ酸、アミン、ペプチド(アミノ酸が連なっているもの)に大別できる。  

 アミノ酸の神経伝達物質の代表格はグルタミン酸とGABAであり、前者は興奮性、後者は抑制性のシナプスを形成する。  

 アミンの代表格はアセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン、エピネフリン、セロトニンなどである。ノルエピネフリン、エピネフリンは、商品名をノルアドレナリン、アドレナリンというが最近では区別なしに使われている。アセチルコリンは副交感神経および運動神経の、ドーパミンは報酬系の、ノルエピネフリン/エピネフリンは副交感/交感神経の、セロトニンは覚醒のそれぞれ機能にかかわっていることがわかっている。  

 ペプチドにはソマトスタチン、コレシストキニン、エンケファリン、バソプレッシン、オキシトシン、オレキシンなどがある。バソプレッシンは尿生成の抑制や社会行動にかかわってい、オキシトシンは母親の乳汁の射出にかかわっていることが分かっている。そしてオキシトシン産生能のないオキシトシンノックアウト(*)ハタネズミの行動を調べたところ、他個体のニオイ認知のみに障害が出ることが分かった。

 (*)遺伝子操作により特定の伝達物質、ホルモン、腺分泌物質の産生能を遺伝子操作により欠落させられた個体を「ノックアウト個体」と言う。たとえば統合失調症のような病態を示すマウスを「カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質リン酸化酵素Ⅱαヘテロノックアウトマウス」と言う。

講座 心理学概論 1 神経心理学 9 刺激・興奮の伝導

 刺激を伝達する神経細胞をシナプスと呼ぶ。シナプスは電気シナプスと化学シナプスに大別できる。  

 電気シナプスは細胞壁同士が六角格子状のタンパク集合体(コネクソン)でつながれ、2nmほどしか間隙のないギャップ・ジャンクションという構造により細胞内イオンなどの通流を許す構造からなっている。  

 化学シナプスは、ニューロンの樹状突起から伸びている神経終末にあるスパインと他のニューロンの終末ボタンが20nmほどの間隙をもって接し合い、終末ボタンにあるシナプス小胞から神経伝達物質を放出することによって、刺激を伝達する構造になっている。神経細胞の細胞膜は約-70mVに分極しているが、ある閾値を超えたプラス荷電が加わるとナトリウムイオンが細胞外から細胞内に急速に流入(オーバーシュート)し、膜の興奮すなわち脱分極が起こる。脱分極が起こると今度は電位依存性のカリウムチャネルが開き、カリウムイオンが細胞内から細胞外に流出し、静止膜電位に戻る(アンダーシュート)。この変化は、周囲の細胞にも同様の変化を引き起こし(不減衰伝導)、興奮-非興奮の2値のうちいずれかしか取らないことから「全か無かの法則」と呼ばれる。このような電位変化のことを活動電位と呼ぶ。神経繊維のまとまりのことを軸索という。中枢性のある種の細胞ではオリゴデンドロサイトが、末梢性のある種の細胞ではシュワン細胞が巻き付き、髄鞘を形成していてその継ぎ目をランビエノードという。髄鞘は絶縁性が高いため、その外側、つまりランビエノードの無髄部分の膜を興奮(跳躍伝導)させるため、髄鞘化神経繊維の興奮は非常に速いスピードで神経終末まで伝えられる。終末まで興奮が伝えられると、電位依存性カルシウムチャネルが開き、カルシウムイオンの流入が起こり、これが信号となってシナプス小胞の膜が細胞膜に融合し、小胞内の神経伝達物質が細胞外に放出される。  

 これらが、刺激・興奮のおおまかな伝導機制である。

講座 心理学概論 1 神経心理学 8 大脳の機能局在

 我々の脳は「○×野」と「○×連合野」からなっている。「○×連合野」とは、まだ機能がよく分かっていない、あるいは機能を仮定されている部位のことである。例えば中心溝前回は一次運動野。中心溝後回は一次体性感覚野であり、前頭葉に運動前野連合野などが、頭頂葉には頭頂連合野がある。  

 脳の機能局在は、脳全体で脳の機能が維持されるという全体論が盛んだった頃には否定されていたが、1960年代になってゲシュウィンドによって見直された。感覚野、運動野といった部分が繊維連絡で結ばれ脳機能が成立するという「皮質繊維絡合主義」がゲシュウィンドらによって提唱された。   

 脳の機能局在を左半球について見ていくと、おおまかに前頭葉前頭前野では創造・思考・意志が、前頭葉後半部のブローカ領域(運動性言語中枢)と側頭葉後部のウェルニッケ領域(感覚性言語中枢)、そしてそれらを結ぶ弓状束の下に聴覚中枢があり、その前下方に判断と記憶の座があり、頭頂葉には認識・知覚・理解の座がある。後頭葉は視覚の座である。これらは各連合野において統合されると考えられており、より複雑な処理を受けると考えられている。

講座 心理学概論 1 神経心理学 7 一次的欲求の大脳生理

 人間の体内のブドウ糖や脂肪が不足すると、肝臓から迷走神経を経由して脳内視床下部外側野の摂食中枢に達し摂食誘発物質であるオレキシン・メラニン凝集ホルモンを分泌して摂食行動へと生体を導く。視床下部腹内側部は各臓器から送られてくる信号によって摂食を終わらせている部位だと考えられてきたが必ずしもそうではないらしい。摂食の促進を抑制するホルモンとして、脂肪から分泌されるレプチンがあり、このような働きをする脳内ホルモンが複数見つかっている。  

 発汗や呼吸などで、また塩分の多い食事を取ったりで、細胞外液の浸透圧が高まると、水は細胞外に滲出する。これを感知する受容器が脳室周囲器官の終板器官を中心として存在し、信号を視床下部前方に送る。また、嘔吐や下痢などで体液量を減少させ腎臓からのレニン分泌を引き起こし、血中のアンギオテンシンⅡ量を増加させ、脳弓下器官ニューロンが活性化することで信号が視床下部前方に送られる。視床下部前方に収束する水分欠乏情報が視床下部外側野等を活性化させ水分摂取を促進する。生理学的にはこのようにして水分調節が行われている。  

 また、性欲は下垂体前葉から出るゴナドトロピンに刺激され性腺からの男性ならばテストステロン、女性ならばエストラジオールの分泌を刺激し、視床下部へ下垂体ホルモン刺激ホルモンの分泌を抑制するネガティヴフィードバックという構造にその生理学的基礎を持っている。。  

 このように、摂食と水分調節をはじめとする一次的欲求は、ほとんどが視床下部に由来する。また、人間の一次的欲求はこのような脳の働きだけではなく、習俗や文化に依存する面が大きい。

講座 心理学概論 1 神経心理学 6 覚醒と睡眠の大脳生理学

 睡眠は中脳網様体と視床下部の活動の表現系である。前者の脱同期化と後者の同期化の結果として睡眠がコントロールされているのである。中脳網様体が興奮すれば覚醒が、視床下部などによる入力によって中脳網様体が抑制されれば睡眠がもたらされる。覚醒をもたらす経路を上行性網様賦活系と呼び、睡眠をもたらす経路を延髄抑制系と呼ぶ。  

 睡眠は神経機構そのものでは説明できない現象である。しかし概日リズムが見られるなどのことから、覚醒中の脳内ホルモンの蓄積が可能性として考えられてきた。すなわち、脳内にも独自のホルモン系があり、神経細胞を修飾し、その結果眠りがもたらされるのではないか、というのである。辺縁系諸核の細胞の中に、セロトニン・ソマトスタチン・メラトニンが存在し、その活動の結果、細胞が修飾的に影響を受け、睡眠と覚醒のリズムが成立するらしいことまでは分かっている。  

 さらに、覚醒を維持するオレキシンと言う物質の受容体をオレキシンブロックの状態にすると良質の睡眠が促進されることも近年判明した。  

 クライトマンの睡眠の分類(レクトシャッフェンの分類もこれと類似)では、ステージ1「入眠期」・・・α波消失/低振幅θ波出現、ステージ2「意識消失期」・・・紡錘波・K複合波出現、ステージ3「中等度睡眠期」・・・δ波が20%程度出現、ステージ4「深睡眠期」・・・δ波50%以上、ステージREM・・・覚醒期と似た脳波を示すが体は眠っている(そのためこれを逆説睡眠ともいう)、の5段階に分けることができる。  

 なお、クライトマンの睡眠実験協力者であるデメントは、ステージREMにおいて頻発する「夢」の体験時間は、現実の体験時間と一致することを見出している。

講座 心理学概論 1 神経心理学 5 ここまででの哲学的問題

 受容体への刺激物質への結合などは、味覚や嗅覚に一般的に見られる現象であるが、味覚や嗅覚と言った主観的体験とそれをひきおこす神経心理学的作用機序の関係について考えてみたい。  

 旧来これらの問題は心身二元論あるいは心理-物理平行説で語られてくることが多かった。しかし「分析」という理性主観による作用の認識と現象認識という主観的認識を分けて考えるからこのような問題構制が提起されてくるわけで、同じ現象認識が異なる作用過程(GABA系神経の興奮とセロトニン系神経の興奮)、違う現象認識が同じ作用過程(錯視や文脈効果)をもたらしうることから、単純な心身二元論では行き詰まりが来るのはことの必然である。このような考え方をライルは「心の概念」のなかで「機械の中の幽霊のドグマ」と批判し、廣松は「カメラ・モデルの世界観」と呼んで批判した。一体我々はどう考えればよいのであろうか。   

 我々としては廣松の「関係主義」を汲みつつ次のように考えたい。心の中にある概念には、見るものと見られるものの関係性からの「現象」と「作用」と言うものが含まれる。これらは常に異型であるが、心を考えるときに必要かつ有用な概念である。「心」と「体」は不可分一体、つまり可変的な肉体が心であり、現象の陰には作用があり、作用の陽には現象がある。このように心は体の見えざる働きという捉え方もできる。ここまでこのようなことは説いてこなかった。それは、ここで一息ついて考えて欲しかったからである。  

 以上我々は「心と体」と言う二分法を超えて、「現象-作用異型説」と言う立場で神経心理学的問題を考えて行くことを、コーヒーブレークとしてここに述べておく。  

 さて、この先我々は脳の作用機序と機能局在について見て行くことにする。