僕の「犯された歴」

 僕は幼児の頃、幼稚園に行くのが嫌で嫌で仕方なく、毎日幼稚園の送迎バスに乗せられるたびに泣いていました。  

 なぜ嫌だったかと言うと、僕は幼稚園の組の中で身長が3番目に高い子どもで、僕より身長の高い残り2人にいじめられていたからでした。  

 具体的にどう言ういじめに遭っていたかと言うと、幼稚園の階段下の決して先生には見えない陰で、その2人に「パンツを下ろせ」と言われてなすがままにされ、僕の性器を指ではじかれたりしていたからです。その時以来の僕の彼等への怨念は何歳になっても消えることはなく、もしいつかその2人にどこかで会ったら、必ず包丁で刺し殺すと思います。人間と言うものは幼ければ幼いほどトラウマの影響に苦しみ続けるものだと言うことがそれで分かります。だから、今般問題になっている小中学校でのいじめなんかでも、いじめられっ子は優しすぎるのでそう言う不条理が後を絶たないのだと思います。  

 僕がもし教師だったら、いじめられている子に「僕がいいと言ったからやれと言われたと言え」と言うことを教えて、自分は殺人教唆に問われても構わないので、いじめっ子たちをすべて包丁でめった刺しにするよういじめられっ子を差し向けると思います。ひとつでいいのでそう言う事例がマスコミで大々的に報じられない限りいじめの抑止力はないまま生き損のいじめられっ子が増えるだけだと思います。自分がその捨て石になるのなら、僕は満足です。僕とかかわりなくそう言う事件があったら、マスコミが大々的に宣伝してひとびとの隅々にまで噂が広がることを大前提に、最初にそれをやってのけたいじめられっ子を裁判所は情状酌量で無罪にしてあげてほしいと心から願っています。人間の情念と言うものはそう言うものです。それが嫌ならいじめに対するいじめられっ子の報復は正当防衛として認め、あらゆる社会的場面で周知徹底されて然るべきです。  

 もうひとつそれと同じような嫌な思いをしたことが中学1年生の時にありました。用事で名古屋の中心部に行った帰りの出来事でした。市バスの僕の隣に座ったオジサンが、何食わぬ顔をしながら僕のズボンのチャックに手を伸ばし、チャックを開けられて性器をいじられました。僕は思わず恐怖からすぐに席を立ち、降りる予定もなかった次のバス停でバスを降りました。最近LGBTのひとばかりを擁護する風潮が強いですが、望みもしない同性関係を迫られた僕には、性的な正常者の声はどうなるんだ、と心の底では恐怖におびえています。  

 それから半年もしないうちに次の事件に僕は出くわします。名古屋から春日井に帰る途中の営業を終え消灯した喫茶店「メデリン」の駐車場の前で、自分より年上の非行少年グループに取り囲まれ、「有り金を全部出さないと殺すぞ」と脅され、持っていた現金すべてを盗まれました。僕はまだ子どもだったので、それが立派な強盗だとは当時気付けませんでした。営業を終了した暗い「メデリン」の駐車場の前を歩くひとにはくれぐれもお気をつけて、と言っておきます。  

 そしてその頃、僕は「灰色の中学2年生」を送っていました。同級生に1年間ずっと奴隷にされて、いつも自宅の布団の中で毎日「自分なんか生まれてこなけりゃ良かったんだ!」と人知れず泣いていました。その1年間中。  

 で、大人になったらYahoo!オークションでオレオレ詐欺に遭い、5万円盗まれました。  

 「因果応報」と言う言葉があります。それが真実なら以上に書いた出来事など決して起こらないはずです。神様は信じてはいますが、そう言う不条理では悪魔が勝ることを僕は痛いほど思い知らされています。もし、先の見える超能力者がいたら、凡人の運命を教えて夢を奪うような気違いじみた真似をやめて、どんな手を使ってもきちんとそう言う連中を因果応報の運命に叩き落してほしいと心の底から願っています。  

 ついでに書くと、僕は猫のように水が怖い子どもでした。ですので高校2年生の夏まで人生で一度もプールに入ったことがありません。小学校の頃から何かと水泳の時間になると言い訳をつけて水泳の授業に出ないでいることができました。そこには恐らく、先生たちの僕に対する分かったうえでの配慮があったのだと思います。そうでなければ義務教育9年間一度もプールに入らずにはいられなかったと思います。  

 人間の醜い面と優しい面のどちらも見ながら僕はなんとかいままで育つことができました。  

 だから僕は人間は頭なんかじゃなくて心の動物だと強く感じているわけです。そしてそんな僕は心のどこかで今は平和な世と言われてはいますが未だに戦乱の世を生きている気持ちが抜け切れずにいます。

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