講座 心理学概論 12 臨床心理学 9 不安の克服

 以前この章でうつ病は全人口の20パーセントが罹患する精神疾患だと書いた。そのうちの不安障害の2つの主要な臨床心理学的治療法である「暴露法(エクスポージャー)」と「自律訓練法」をこの節では紹介したい。  

 「暴露法」は、行動療法の一種で、不安を克服するためにしばしば用いられる治療法である。  

 クライエントが不安を感じることをカウンセラーに列挙し、すべての不安事象をクライエントに点数化させ、いわゆる「不安階層表」をカウンセラーは用いて、一般的には点数の低い不安事象にカウンセラーが同席してクライエントに直面させ、不安を感じなくなるまで繰り返し、それができたところで次に不安の点数が低い不安事象をクライエントに直面させ…、と言った具合にして徐々に点数の高い不安事象に慣れさせていき、最後には一番点数の高い不安事象でも直面しても不安を感じなくなるようにデザインされた不安の克服のための心理治療法である。イメージだけの場合と現実の場合の2つの種類の不安克服法がある。  

 なお、いきなり不安点数の高い刺激にクライエントを直面させる方法を「フラッディング」と言うが、症状を増悪させこそすれ治療効果はほとんど認められないことから現在では用いられることはない。  

 日本の心療内科医の9割以上の医師が推奨する不安克服法として有名なのが、ドイツの精神科医のシュルツの考案した「自律訓練法」である。投薬以外で医師が不安障害に適用する唯一の精神療法であるので、読者の皆さんは覚えておいて損はないので、ぜひ心の片隅に置いておいていただきたい。  

 「自律訓練法」は、ある種の瞑想療法とも親和性が高く、臨床心理学的には森田療法や内観療法と併用されることもしばしばである。  

 基本的にはリラックスした姿勢で、以下の7段階の「公式」を実践することをベースとする。  

 背景公式として「自分は安静にしている」と心の中で念じながら心を安静にするのがこのテクニックのはじめにあって、順次前の公式ができ次第次の公式に入ってゆく。  

 第一公式は「手足が重い」と念じながら実際に手足が重く感じられるまでそう念じ続ける。  

 第二公式では「手足が温かい」と念じながら現実に手足が温かいと感じられるまで念じ続ける。  

 第三公式では「心臓が規則的に鼓動している」と念じ続けながらその状態を味わう。  

 第四公式では「呼吸が整っている」と念じ続けながらその状態を保持する。  

 第五公式では「お腹が温かい」と念じ続けながら実際にお腹が温かくなるまで念じ続ける。  

 第六公式では「額が涼しい」と念じ続けながら実際にそう感じられるまで念じ続ける。  

 以上の7段階の実践が自律訓練法の方法である。  

 しかし、注意点があるのでそれに留意されたい。自律訓練法の第三公式の「心臓が規則的に鼓動している」は、心臓病をはじめとする循環器疾患の患者さんには用いてはならない。また、第四公式の「呼吸が整っている」は呼吸器疾患の患者さんには用いてはならない。このことは尊守されたい。  

 自律訓練法は不安障害だけではなく、うつ病や心身症の患者などにも効果が認められており、最近の阪神淡路大信震災・東日本大震災・熊本地震の被災者の心のケアなどにも活用されている。  

 どこだったかの章で「バイオフィードバック」を紹介したと思うが、筆者国の指定難病の胸椎黄色靭帯骨化症の手術後に集中治療室にいたあいだ、心電図や脈拍・呼吸数などのバイタルサインの映し出されるモニターの下で一夜を明かしたことがある。その時気付いたことをこの節の締めくくりとして述べておきたい。  

 心拍数を一分間60以下に抑えるのに何が重要なのかが筆者にはその経験から分かった。心拍数の大きな規定因は呼吸の質である。  

 呼吸がたとい深くても荒々しいと心拍数は下がらない。呼吸が穏やかでも浅いと心拍数は下がらない。深くて穏やかな呼吸を規則的に大きくしていないと心拍数は下がらないのである。  

 これは、筆者なりの自律訓練法についてのヒントだと読者の方は受け止めていただきたい。

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