講座 心理学概論 12 臨床心理学 6 対象関係論

 以前の節で示唆しておいたが、フロイトのリビドー論ではイドは盲目的な衝動だと考えられていた。しかし、この考えを「イドは対象希求的である」と考えたのが精神分析のイギリス学派のいわゆる「対象関係論」である。  

 フロイトの没後、精神分析は大きく言って、アメリカの自我心理学派、フランスのラカン派、そしてアブラハムやフェアバーンを嚆矢とする対象関係論に分かれて行った。このように、フロイト理論と言うのは多くの臨床心理学者に対してと言うより、精神科医をインスパイアした。  

 自我心理学にかんしてはアンナ・フロイトやカーンバーグなどの理論がある。アンナ・フロイトは防衛機制を細かく整理したことで有名である。カーンバーグは境界性人格障害の研究を進める中で、「神経症的人格-境界性人格-精神病性人格」の3つの病理水準を提唱した。  

 ラカンは、精神分析と言うのは「自分を本物にする営み」だと考え、無意識は他者のディスクール(語り)であると指摘した。  

 さて、この節の狙いである対象関係論2人の学説を紹介しよう。  

 一時期世間で「良いおっぱい」とか「悪いおっぱい」とか言う言葉が流行したことがあるが、これはもともと対象関係論のクラインが言い出した乳児期に見られる子どもの心を理解する鍵概念のひとつである。  

 彼の理論のあらましはこうである。フロイトの言う口唇期の乳幼児は、乳幼児にとってファンタジーを介して対象関係を保っている状態にある。その心の在り方をクラインは「ポジション(態勢)」と言う概念で整理している。0ヶ月から3ヶ月齢の子どもは「妄想-分裂態勢」にあり、母親と言う存在よりもむしろ「良いおっぱい」と「悪いおっぱい」と言う対象関係を世界と持っていて、それらがそれぞれ投影的同一視されて「迫害対象」と「理想対象」に分化していき、心理的安定を得るのであるが、もしそれがうまく行かず子どもがこの時期に固着してしまうと統合失調症の基盤が子どもにできてしまう、と彼は言う。そして4ヶ月齢から1歳くらいまでの間の子どもは、「迫害対象」と「理想対象」が統合され、母親と言う人間を感じることができるようになるにつれてそれまで子どもが持っていた全能感が疑わしくなって無力感や母親への嫉妬が生じ、母親が子どもにできることは自分でさせるなりの適切な応答性を示さないと子どもはこの時期に固着してうつ病の精神的基盤を持つことになると彼は考えた。この時期の態勢を「抑うつ態勢」と彼は呼んだ。  

 次にウィニコットについてかなり大雑把に説明する。彼は乳児にとっての母親の重要さに注目した。子どもが産まれてから数週間の間母親は子ども以外には全く注意を注がなくなり、これを「原初的没頭」と呼び健全な母親の姿であると考えた。そして子どもを母親は安らげる状態に置こうとする。これを「ホールディング」と言い、この中で子どもは全能感を感じるようになるのだが、これをウィニコットは「錯覚」と呼んだ。  

 しかし母親はいつまでも子どもを依存させていると子どもに主体性や創造性が育たないので、成長するにつれて適切に子どもの行為世界から手を引いてゆくことが重要であり、このような母親のことを「ほどよい母親」と言っている。1~3歳の子どもは母親がいなくて不安になるとハンカチなどの母親の形見で心を落ち着かせようとする。このような環境における母親の影を子どもに感じさせるもののことを「移行対象」と彼は呼んだ。  

 彼は子どもとのラポール(信頼関係)作りや子どもの心理治療として「スクイッグル(殴り書き)技法」と言う技法を考案したことでも有名である。何をするのかと言うと、治療者が白い紙に任意の線を引き、子どもにそれが何に見えるかと問う。そして子どもに見えたものに近づくように線や絵を補わせ、それを繰り返していく中でひとつの作品になるように仕上げていく。これにより治療者は子どもとのラポールを形成し、書かれた内容を見ることによって子どもの心を忖度する。  

 以上が対象関係論の代表的な学者であるクラインとウィニコットの考えのあらましである。

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