講座 心理学概論 12 臨床心理学 4 ストレスと社会病理

 

 筆者の見るところでは大方の社会病理は同調圧力によるストレスが原因で生じているように見える。つまり、それらを減らすには基本的に同調圧力を弱めるかストレスを低減するかにかかっている。  

 社会病理は犯罪に始まって、精神疾患、DV、モラハラ、パワハラ、セクハラ、いじめ、虐待、ネグレクト、モンスターペアレント、ストーカー、不登校(ひきこもり)、緘黙、心身症…と挙げ出したらキリがない。  

 そこでまず、ストレスの代表的な理論であるラザルスとフォルクマンのストレスモデルを説明したのち、どのような解決策があるのかについて考えてみたい。  

 ラザルスとフォルクマンのストレスモデルはトランス・アクショナルモデルと言い、ストレスに個人がどのように対処(コーピング)するかによって、個人的反応も変化するという理論になっている。 

 コーピングは「状況を操作しようとして試みる認知的並びに行動的レベルにおける一群の認知セット」と定義され、ストレスの元(ストレッサー)自体を変化させようとして行われる問題焦点型コーピングと、ストレスの結果生じた不快な情動を変化させようとする情動焦点型コーピングの2種に分けられる。ストレスが原因で起きる疾患には、筋緊張性頭痛、自律神経失調症、過換気症候群、過敏性腸症候群、胃・十二指腸潰瘍、高血圧症、冠動脈疾患、気管支喘息、関節リウマチ、糖尿病などがある。これら疾患に結びつく経路としては自律神経系、内分泌系、免疫系が知られ、主体的には認知的、情動的、行動的経路がある。ストレスはライフ・ステージ上の心理社会的資源(認知的評価、心理的対処、先行経験)による心理社会的要請(強度、持続性、複雑性、新奇性、類似性、予測性)へのパーソナル・コントロールの結果として疾患に結びつくか否かが規定される。このようにラザラスらの理論はストレスをダイナミックに捉えるところにその特徴がある。  

 このモデルを説明理論として考えた場合には、どのような解決策が考えられるであろうか。  

 ミシェルはストレス下に置かれた人間がものごとを我慢するためにはこれまで常識で考えられてきた「忍耐力」のような心理的特性によるのではなく、「関心の戦略的な配置」と言う認知行動的側面が我慢の本質であり、知能が社会的成功の鍵であると言うそれまでの常識を覆して、この能力に長けている者が社会で成功すると指摘している。  

 また、他の研究では糖尿病や肥満にならない程度の脳内血中ブドウ糖濃度が高い方が人間は我慢できると言う知見もあり、セロトニン(落ち込み防止物質)やメラトニン(睡眠促進物質)の前駆物質であるトリプトファンを多く含む肉・魚・豆の摂取がストレス抑制効果を持つと言う知見もある。  

 また、対策として社会的スキルを身に付けることがストレスによって人間が変調することを防止すると考える心理学者が多い。そのために行われている臨床心理学的対応が「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」である。  

 社会的スキルには大別して3つのものがある。  

 ひとつは、相手を傷つけずに自分の要求や権利を通したり、非合理的な相手の要求を断ったりする「主張性スキル」であり、ひとつは相手との利害の対立を問題や葛藤と捉えそれを克服する「問題解決スキル」、最後に円滑な対人関係や社会生活を維持する「友情形成スキル」である。  

 SSTでは、これら3種類のスキルをクライエントに身に付けさせることが目標とされ、模倣訓練から思考の柔軟さを得られるようなプログラムまでさまざまなトレーニングが行われ、社会でうまくやっていく術を身に付けさせるような実践が現実に行われている。  

 しかし、SSTのようにただ問題を抱えるひとに社会的サバイバル能力を身に付けさせるだけでは問題の根本的な解決にはならない。  

 そのため、社会病理の原因となっている人物などにカウンセリングなどを行うなどして問題の芽を摘むなどの実践もきわめて重要である。  

 しかしそもそも、大方の社会病理と言うのは現代社会が生み出した「個の孤立」状態がその原因としての大きなストレッサーを増幅させていることは疑いようのない事実であろう。筆者がことあるごとに指摘しているひとびとの心理的靭帯がしっかりと社会に存在することが一番の大きな社会的ストレスの軽減策であることを忘れてはいけない。  

 なので、当座のうちはストレスの本質を「問題の抱え込み」と捉え、「ひとりで問題を抱え込まない」ための様々なポジティヴ・ネットワークの社会的整備が急務であろう。

 なお、一部心理学説には「心理的にポジティヴな状態もストレスである」と言う主張がある。そもそも「ストレス」と言う概念は「物理的な歪み」を意味する物理学用語であって、これをセリエがそのまま心理学的概念に転用したと言ういきさつもあり、「歪みがなくなり正常な心理状態」でもストレスありと言うのは、概念的な逸脱だと筆者は見ていることを最後に付言しておく。

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