講座 心理学概論 12 臨床心理学 2 四つのルーツ

 臨床心理学の始まりはヴントの弟子のウィットマーが1892年に「心理クリニック」をアメリカで設立したのが始まりと言われているが、精神分析学も含めて考えると僅かながら時代は遡る。  

 臨床心理学で扱われるクライエント(来談者)は、自らの問題の自覚のあるひと、あるいは周囲がそのひとについて問題を感じているひとが基本的にはその対象になる。  

 この節では臨床心理学の四大潮流について概説する。  

 まず第一に挙げられるべきは「精神分析学」であろう。先述の通りオーストリアの精神科医であるフロイトが「精神力動論」と言う立場を打ち出し、「夢分析」などの本を出版して世間に衝撃を与えた。彼自身はいわゆる「防衛機制(自我の安定を図る心のメカニズム)」を抑圧と昇華ぐらいしか提唱しなかったが、彼の娘であるアンナ・フロイトはさまざまな防衛機制を提示し、人間の心の理解に大きな足跡を残した。そしてその後、この考えがイギリスに持ち込まれ、クライン、ウィニコットなどの「心は対象に向かっている」と考える「対象関係論」に発展した。先に触れたバーンの「交流分析」も、その基礎には精神分析学がある。  

 そして第二に挙げられるべきは「行動療法」である。これは行動主義心理学を唱えたワトソンにそのルーツを求められるが、臨床応用を実際に行ったのはウォルピの「系統的脱感作法」やマウラーの「アラーム・シーツ法」、そしてスキナーの「シェイピング」である。  

 系統的脱感作法と言うのは、不安を抱えたクライエントに不安が生じるたびにリラックスさせることを繰り返して不安を克服する心理療法である。「アラーム・シーツ法」と言うのは夜尿症の子どもの膀胱のふくらみを検知して、尿が膀胱に溜まるとアラームが鳴り子どもを起こし、尿意を催したらトイレに行くことを学習させる心理療法である。「シェイピング」と言うのは、形成したい行動(これを標的行動と言う)をはじめから学習させるのではなく、観察上頻度の高い標的行動に近い行動から徐々に強化し、最終的に標的行動を形成する技法のことである。  

 そして第三に挙げられるべきは「心理学の第3勢力」と呼ばれた「人間性心理学」、就中ロジャーズの創始した「クライエント中心療法」であろう。  

 彼は人間には、そのひとが心の内をカウンセラーに開き、自分の力で何が自分の心の問題で、どうすればよいかを知っているのはカウンセラーではなくクライエントであると考え、カウンセラーはそれに寄り添う伴走者の役割に徹するべきだと考えた。  

 具体的には、「受容と傾聴」を基本とする「共感的理解」、「無条件の肯定的配慮」、「自己一致(偽りの自分でないこと)」と言うカウンセリングにおける3大原則を打ち出し、心理療法に治療者の介入は一切しないという独特のカウンセリング理論を展開した。  

 そして第四に挙げられるべきは、ベックの「認知療法」である。ベックは、クライエントが抱える心の問題と言うのは、現実と一致しない認知の歪みとかネガティヴなスキーマ(認知の枠組み)のなせる業であるので、ネガティヴなスキーマをカウンセラーの適切な介入によって現実的でポジティヴなスキーマに変容させることが心理治療の本質だと考えた。  

 これらの心理療法のうち「行動療法」と「認知療法」には親和性があるので、現在ではこれら2者の心理療法を一括して「認知行動療法」と考えるのが一般的になっている。  

 心理療法には実に様々なものがあって、これらの流れの中だけでは捉えきれないものも多い。モレノの考案した「心理劇」、パールズによる「ゲシュタルト療法」、「システム論的家族療法」、「コミュニケーション論的家族療法」とその短縮版である「ブリーフセラピー」、人物の物語に焦点を当てた「ナラティヴセラピー」、そして我が国固有の「森田療法」や「内観療法」などがある。  

 臨床心理学で言う心理療法と言うのは、精神疾患を抱えたひととその家族、心に悩みがあってそれを解決するために行われる心理療法、問題を抱えていると言うのではなくてより人格的成長を望むひとに対するものまでその適用の範囲はきわめて広い。  

 心理療法の効用と限界を弁えながら、クライエントが問題の解決を求めるべきなのがカウンセラーなのか精神科医なのかを適切に判断してしかるべき相談・治療に臨むことが大切である。

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