講座 心理学概論 12 臨床心理学 1 脳病変と認識・行為喪失

 言語にかんする脳の病変部位と言語障害(失語症)については先にすでに触れているのでそれは割愛する。  

 ここでは脳の病変とかかわりの深い「失認症」、「失行症」、「無視症候群」について説明する。  

 「失認症」とは、感覚器官に問題はないのに何らかの対象を認知できない疾患で、「物体失認」、「純粋失読(失語症がないのに文字が読めない疾患)」、「相貌失認(誰の顔か分からなくなる疾患)」、「環境失認」、「同時失認(複数のものを同時に認識できない疾患)」などさまざまな事例が報告されている。  

 以上は「視覚性失認」であるが、他に「聴覚性失認」や「触感性失認」も存在する。この中でも最も多く見られるのが「相貌失認」である。重度になると鏡に映った自分の顔すら認識できなくなる。   

 「失行症」とは、運動機能に障害がないのに行動できなくなる疾患のことで、手先などが思うとおりに効かない「肢節運動失行」、他からの働きかけによる習慣的行動ができなくなる「観念運動失行」、一連の系列動作ができなくなる「観念失行」の3タイプに分けられる、とリープマンは指摘している。  

 「失認症」も「失行症」も脳梗塞などの脳血管障害が原因で発症し、障害されている脳半球の反対側に症状が出るのが特徴である。  

 症例数においてそれらよりもはるかに多いのが「無視症候群」である。  

 「無視症候群」とは、存在する外界の事物があたかも存在しないような症状の出る知覚、認知、運動、行為の障害の総称で、「一側性空間無視」、「消去現象」、「病態失認」、「運動無視」などがある。  

 最も一般的なものは「一側性空間無視」であり、大脳右半球の損傷による左側の空間無視が圧倒的に多い。食事を出されても左側のおかずを残すとか、左側の人物とぶつかるとか、着衣の左側を着ないとか、図形を模写させると左側が描かれないなどの症状を示す。診断法として、図形を消してゆく抹消テストや線分の中点に印を付けさせる線分2等分課題その他がある。  

 「消去現象」とは、左右どちら側にも単独で提示された刺激は認知できるのに、左右同時に提示されると一方の刺激が認知されない現象のことを言う。  

 「病態失認」は、身体疾病があるのにそれを認めない疾患のことである。「バビンスキー反射」で有名なパビンスキーが1914年に命名した疾患で、皮質盲を認めようとしない「アントン症候群」が有名である。  

 「運動無視」は、身体に障害がないにもかかわらず拍手するときに片側の手しか叩かないとか歩行時に片側の腕しか振らないとか「かいぐりかいぐり」をさせても片側の手が回らないなどの身体の不使用が症状の疾患である。  

 これらの「無視症候群」の有力な仮説は、メズラムの「皮質回路モデル」と言う「注意障害説」に相当する病態の発生メカニズムにかんする仮説である。  

 この説によれば、帯状回には環境外部の空間に対する期待とか意味づけが、前頭眼野には外界の地図が、頭頂葉下部皮質には外界の感覚表象があって、これらへの網様体賦活系からの投射がなされることによって方向性注意が可能になると仮定され、このどこの部分に異変が生じても「無視症候群」は起こると考えられている。  

 これらの前頭前野の疾患の検出に用いられる有名なテストとして「ストループテスト」と言うテストがある。患者は赤、青、緑、黄の各色がそれらの色とは異なる色の文字のカードを提示され、「何色で書かれていますか」と質問するテストである。この簡易版はいわゆる「後出し負けじゃんけん」である。  

 診断者はこれらの疾患を多重的に診察することによって慎重に疾患名を引き出す能力が必要である。以上の疾患は梗塞巣の溶血などの医学的処置が功を奏することはあっても、臨床心理学的加療によって改善する可能性は低いと言わざるを得ない。

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