講座 心理学概論 11 人格心理学 2 知能とは何か

 筆者もそうであるが、たとえば筆者の場合のように他人様が「最新科学の賜物」を作ったと言う話を聴いたりすると、自分には百姓の血が流れているはずなのに実際には百姓に失敗して、自分は身の丈が原始人なんだなぁ、とつくづく思い知らされたりする。  

 「最新科学の賜物」を考え出すひとびとの頭と言うものを筆者のような低能人間では理解できないが、心理学者と言うのはよほど優秀なひとたちなのか、それを「知能」と言う概念で20世紀初頭から考え始めた。  

 筆者には「頭の良さ」と言うものは全く分からないが、心理学者たちが「知能」と言うものをどう考えているのかを平身低頭でこの節では紹介することにする。  

 1905年にフランスのビネーと言う心理学者とシモンと言う医学生は、フランス文部当局からの要請を受け世界で最初の知能検査を開発した。この知能検査で測定される項目は、感覚的な能力ではなく、判断力や推理力、記憶力と言う一口で言うと思考能力を思い切って測定できる内容となった。

 聡明な読者の方ならお気づきかとは思うが、これは現代の学校教育で涵養すべきとされている能力にとても似ている。実際、学力と知能検査で測定された知能の間には相関が見られる。心理学では、知能の割に成績の良い子は「オーバー・アチーバー」と呼ばれ、知能の割には成績の低い子どものことを「アンダー・アチーバー」と呼ばれる。  

 しかし、人間の思考と言うモジュールが知能と呼ぶべきものではなく、人間の適応能力のことを知能と言うのだ、と言うゲシュタルト心理学的な発想で知能を考えようとする者も現れた。そうなると、話は大きくなり結果的に適応に成功した者ほど知能が高く、失敗した者ほど知能は低いと言う話になる。  

 知能知能と言っているが、知能研究が知能検査の発達から展開した経緯があるので、ここで言う知能と言うのは操作的定義、つまりどのように測定するかから概念を定義すると言う考えの上に立って、「知能とは知能検査で測定されたものである」と定義しておこう。  

 さて、知能と言うのはどんな項目であっても卒なくこなせるような汎用的な能力なのであろうか、それとも項目ごとに発揮される能力の異なる特殊的なものなのであろうか。  

 スピアマンは、統計の節で述べた因子分析と言う方法を世界で初めて用いて知能の解析をしたところ、汎用能力としての「g因子(一般因子)」を抽出した。これはたびたび知能が研究されるたびに見出される頑健な因子であることから、一定の妥当性があると考えざるを得ない。  

 しかし、サーストンと言う心理学者はこの考えに賛成せず、同じく因子分析を用いて解析を行ったところ、7つの「s因子(特殊因子)」を抽出した。それらは列挙すると、「ことばの流暢さ」、「言語理解」、「空間」、「数」、「記憶」、「推理」、「知覚速度」であった。  

 1912年にシュテルンと言う心理学者は、平均的な子どもの年齢における知能を「生活年齢」、個々の子どもの知能を「精神年齢」とし、「精神年齢」を「生活年齢」で除して100を掛けた「知能指数」と言う考え方を提唱した。この考えはアメリカのターマンが作成した「スタンフォード=ビネー式知能検査」において初めて実現した。

 その後の知能研究は、ウェクスラーの知能検査における「言語性知能」と「動作性知能」と言う考えでの彼の知能検査の開発、スタンバーグの鼎立理論やガードナーの多重知能のように芸術の才覚までを知能と考える理論などの出現をみた。  

 また、「生涯発達心理学」の発展に伴って、キャッテルとホーンは「流動性知能(学習能力)」と「結晶性知能(適用能力)」と言う知能の新しい見解を提出し、前者に比べて後者は加齢の影響を受けにくいことを実証した。  

 また、一般にどのような知能検査でも個人内知能指数の生涯における変動が20~30ほどあるようである。これは測定誤差などではなく、実質的な変動である。  

 しかし、知能と言う単一の物差しで人間を見る心のさもしさは持ちたくないものである。

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