講座 心理学概論 7 認知心理学 8 記憶の変容

 我々は、子どもの頃の出来事を思い出すときに、その記憶が親の覚えているのと違っているなどと言うことはよくある話である。また、あまりにも突飛な出来事の記憶が正確に覚わっていないなどと言うことも、よくある話であろう。  

 我々は場面に一貫したスキーマを数多く持っている。たとえば、病室に飾られた花を見れば、「これはお見舞いの花だろう」と推測するし、海外でカメラを持って眼鏡をかけている人を見れば、「このひとは日本人だろう」と思うなどである。もしかしたら病室の主が無類の花好きでカタログ注文した花なのかも知れないし、欧米人にもカメラを持って眼鏡をかけたひとがいるかも知れないにもかかわらず、である。  

 一般に抱いているスキーマに合致する方向に記憶が変容することはよくある話である。  

 バートレットはイギリス人の被験者たちにインディアンに伝わる「幽霊たちの戦争」と言う物語を聞かせ、間を空けて思い出すように促した。この物語は死者が生き返るなどイギリス人の常識に反する内容の物語で、思い出すよう促されたイギリス人たちはその部分を欠落させるか自分の常識に合うようにアレンジして思い出した。この事実をバートレットは、物語の記憶の変容は、イギリス人の持っているスキーマに合うように引き起こされると解釈した。  

 スキーマに依存した記憶は、記銘時の諸条件によって左右される。劣悪な観察条件、認知的負荷の大きさ、長期にわたる記憶の保持などは記憶がスキーマに依存しやすい。つまり、記銘時の現実が記憶的に変容しやすい。  

 スキーマという概念は、日本語に訳すと「土台図式」くらいの意味になるが、研究者によってはスクリプト、フレームと呼ぶ場合もある。  

 クラシック・コンサートでのスキーマを一例に取ると、「楽団員が楽器を持ってそれぞれの席に着席する※」「楽器の音合わせが始まる」「指揮者がステージに現れる※」「客席が静まりかえる」「曲の演奏が始まる」「演奏が終わる※」「聴衆の拍手がやまない」「アンコールが演奏される※」「会場の客席灯がつく」「コンサートが終わる」と言う一連のスクリプトが進行する(※は拍手のしどころを示す)。我々はステージに楽器を持って現れたひとを見たならば「このひとは楽団員だろう」と認知するだろうし、交響曲の楽章間で拍手をする聴衆を認めたならば、「あの聴衆は初心者だろう」と認知する。もしあまりにも演奏が素晴らしくてなじみの客が交響曲の楽章間で拍手をしていたとしても、自分にそれと分かる名演奏でなければ、なじみ客は自分にとって初心者として片付けられるであろう。すなわち、自分がクラシック・コンサートに行くのがしょっちゅうで、あるときの演奏がよほどの名演奏で、考え込ませるものを持った演奏でない限り、「いつものクラシック・コンサート」として記憶の片隅にも残らないであろう。

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