講座 心理学概論 7 認知心理学 9 目撃証言の信憑性

 

 我々が事件に巻き込まれた時、その記憶は正確に残存するのであろうか。そのような情動的出来事の記憶には信憑性があるのだろうか。  

 ヤーキーズ・ドットソンの法則によれば、覚醒水準が適度な時、最も記憶が促進されることが示されている。覚醒水準が高すぎても低すぎても記憶の正確性は損なわれるのである。そのため、事件などで過度の覚醒水準にあるひとびとは、正確な証言をすることが困難となる。  

 しかし、そうだからと言って、何も記憶されない訳ではなく、事件の中心的情報については覚醒水準にかかわりなく正確に記憶されることが知られている。たとえば、犯人の顔や服装は記憶されなくとも、犯人の持っていた凶器の情報は正確に記憶されることが示されている。これを「凶器注目効果」と言う。  

 しかし、目撃証言というものは時間が経過したり、後に情報が与えられた場合には、変容してしまうことが最近の研究で分かってきた。  

 記憶の心理学者であるロフタスは、目撃した状況に対して誤った情報を与えられた時、状況の記憶が変容してしまうことを発見した。これを「事後情報効果」と言う。彼女は、被験者たちに停止標識で車が止まっている一連のスライドを見せた後、「車が徐行標識で止まっている間、他の車は通りましたか」と質問し、最後に「写っていた標識は停止でしたか、徐行でしたか」と訊く。すると、「車が徐行標識で止まっている間、他の車は通りましたか」と言う誤った事後情報を与えられた被験者たちは、高い割合で「徐行」と答えることが分かったのである。  

 なぜこのような現象が起こるのかについて、ロフタス自身は先行の刺激が後続の事後情報によって塗り替えられるのだという「変容説」を主張した。すると次々にこの現象の解釈をめぐって異なる説明がいくつも提出された。バウアーズとベケリアンは、記憶の塗り替えがこの現象の原因ではなく、事後情報を与えられることによって、最初の覚えているべき状況への接触可能性が下がるだけだとする「接触可能性説」を唱えた。一方、リンゼイとジョンソンは、事後情報がもともとの状況に誤って帰属されるとする「情報源誤帰属説」を提出した。  

 これらにかんして、最も分かりやすい説明を行ったのが、ザラゴザとマックロスキーである。標識を覚えていない被験者が「停止か徐行か」と訊かれれば、2分の1の確率でどちらかを答えるだろう。さらに、標識を記憶せず事後情報を与えられれば、事後情報にひきずら(アンカリングさ)れて事後情報の方を答える確率はかなりの確率になるのは当然のことである。この説明を「反応バイアス説」と言う。  

 このように、同じ現象でも様々な違った説が出てくるのは心理学の常套で、どの説が正しいのかを知るためには、かなり洗練された実験を考案する必要が出てくる。

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