講座 心理学概論 7 認知心理学 6 再生と再認

 我々は過去に覚えた記憶を思い出すことがままある。また、過去にそれを記憶していたか否かを問われることもある。前者を再生、後者を再認という。経験上、我々は一般に再生よりも再認の方が容易だと感じているのではないだろうか。  

 この事実を説明する理論として、「閾値説(認知できるギリギリの刺激強度を閾値という)」と言う考え方がまず最初に提唱された。「再生閾」と「再認閾」と言うものがあって、再認閾の方が再生閾よりも低いために、再認の成績が再生の成績を上回るのだ、と説明される。  

 しかし、キンチュは記憶リストの連想強度が強い高構造リストとそれの低い低構造リストの再生率と再認率を比較したところ、再生では高構造リストの成績が良くなったのに、再認では高構造リスト・低構造リストの成績の間に差が見られないという現象を報告した。この知見は閾値説では説明できない。そこで考えられたのが記憶の2過程説である。記憶には「探索」と「照合」と言う2つの過程があって、再生には両方の過程が、再認には「照合」のみが必要とされるという説である。この説であれば、なぜ再認の方が再生よりも成績が良いのかをよく説明できる。  

 ところが、タルヴィングとトムソンは再生よりも再認の方が容易なこともあることを、以下の実験で確認している。  

 まず被験者に覚えるべきターゲットを手がかり語とともに提示した。そしてターゲットが提示され、それがあったかなかったかを報告させた。それが終わってから、手がかり語が提示され、ターゲットを再生するように求められた。この実験の結果、再認率は24パーセントだったのに対し、再生率は63パーセントと再生が再認を大きく上回った。この結果から彼らは、再生の成績が上がるのは、記憶したときの文脈と再生するときの文脈が一致している程度により再生率は高くなると言う「符号化特定性の原理」を提唱した。  

 クレイクとロックハートは、全く別の角度から記憶を捉えた。それが有名な「処理水準説」である。記憶は形態、音韻、意味の順に処理が「深く」なるという説である。クレイクとタルヴィングは、形態、音韻、意味について被験者に記憶してもらい、それを覚えているかを「はい」「いいえ」で答えさせた。結果は、意味、音韻、形態の順に成績が良いことを表していた。また、「はい」と答えた方が一貫して「いいえ」と答えた項目よりも記憶成績が良いことが見出された。これを「適合性効果」と言う。さらに、処理水準が同等の単語であっても成績にはばらつきがあることが分かった。これらの事実から彼らは、記憶成績が良くなるか否かは、その記憶すべき単語に情報がどれだけ付加されているかが重要だと言う「精緻化」と言う概念を導入した。しかし、筆者は記憶を考えるときに「色」や「規則性」も考えのうちに入れておくべきだと考えており、さらにそれらの要因間に交互作用が見られないかまで検討すべきであると考えている。  

 記憶は、人間の行為にとってなくてはならない必須の心の働きである。日常的に我々が駆使している記憶というものも、研究が進むにつれそう単純なものではないことが分かったと言うことを覚えておいていただきたい。

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