講座 心理学概論 7 認知心理学 5 対象認知の2つの選択説

 

 我々は夜見る夢が想像もつかないほど創造的で、自分ながらに驚くことがある。こうしたことから精神分析の祖フロイトは我々には日常持っている意識の他に無意識があると断定した。こうした着想はフロイトの専売特許ではなく、ヴントも想定していたことである。  

 我々には「思い出している」という自覚を伴う顕在記憶と、それを伴わない潜在記憶がある。夢は、潜在記憶の代表例である。  

 対象認知にかんしても、高次意味処理がいつ行われているのかについての2つの説が唱えられている。  

 例えば、仕事中に流しているBGMが変わったときに、「曲が変わった」と認知するように、ボトムアップ的に対象認知がなされるという考え方を「後期選択説」と言い、どちらかと言えば常識的な説である。しかし、例えば他人と話しているときに自分の噂をしている他の人の話が気にかかるように、注意を向けていないのに高次意味処理まで処理が進んでいると見なせるようなこともある。このようなトップダウン的な対象認知が実は認知の本質なのだのだという「早期選択説」も唱えられるようになった。  

 後期選択説を支持する現象として、結合探索という対象の発見にかかわる実験がある。この実験では青い?マークと赤い!マークを格子状に無数に配列して、ひとつだけ赤い?マークを忍ばせておく。読者の方はこの課題は容易に遂行できると感じるだろうか。それとも、難しいと感じるだろうか。多くのひとの感想は後者になる。もし後期選択説が正しいならば、こうした現象はその証拠と見なせるだろう。  

 早期選択説を支持する現象は、特徴探索(1つだけの特徴をスキャンする課題)である。たくさんの黒い?マークの中にひとつだけ黒い!マークを忍ばせて格子状に並べる。この課題を難しいという読者の方はそういないであろう。この課題の遂行中被験者は明らかに全ての刺激を意識しているから、この課題は早期選択説を支持する証拠だと見なせるであろう。この事実から比較的単純なパターンを「早期選択説」で、比較的複雑なパターンを「後期選択説」で説明できると考えられる。  

 これらの実験は全て意味的に既知の情報にかんする処理過程を理論的具体化したものである。では一体未知の情報を処理するときにはどちらの説が正しいのであろうか。考えずとも読者の方々は「後期選択説に決まっている」とお答えになるであろう。  

 しかし、たとい未知の情報であっても、情報の受容のために高次処理過程が試行錯誤的に閾下で行われているらしいことが知られている。閾下知覚と呼ばれる現象がそれである。明確に刺激が示されているわけでもないのに何か「薄気味悪い」と感じるなどと言った経験は誰もがお持ちであろう。  

 夢と対象認知のメカニズムが同じものなのか、それともそれぞれ別々のものなのかについては、心理学者間でも議論のあるところである。機能的MRIすなわちfMRIなどの脳機能の調査法が発達した現在、近い将来にこの種の議論は決着がつくものと思われる。fMRIは庶民の想像を超える値段で売っているので、医学に携わるもの以外がそれを使って研究するなどはまだお伽話の世界だが、有り余るほど普及して、我々心理屋にも手にできる時代を待つほかないのが現状である。

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