講座 心理学概論 3 心理学史 5 アラビア・イスラムにおける科学の誕生

 705年、バグダッドに世界で初めての精神病院が開院した。850年になるとアルキンディが精神療法や音楽療法を用いて精神病者の治療に当たり、900年になるとアルバルキが精神病の原因には精神的なものと生理学的なものとがあることを認め「精神衛生」の概念を提出し、1025年には医者イブン・シナは感情を含んでいる病気の治療において「生理心理学」を認めて、内部の感情と脈拍数の変化を結びつけるためのシステムを開発し、連想語検査、幻覚、不眠症、躁病、悪夢、うつ病、痴呆、癲癇、麻痺、脳卒中、めまいなどを解説した。  

 こうした動きと連動して8世紀後半から9世紀にかけてギリシアの科学書を大量にアラビア訳して始められたアラビア科学は、10~11世紀に最盛期を迎える。アリストテレス哲学についてはアル・ファラビ、物理学においてはイブン・アル・ハイサム、天文学におけるアル・ビールニー、数学におけるウマル・ハイヤーム、世界で最初に正確な世界地図を1154年に作ったイドリースィー(彼は水の運動からみて地球は丸いと言う信念を持っていた)と言った具合に有能な科学者が次々と輩出した。12世紀になるとこれらの業績はラテン語訳され西欧にフィードバックされ始める。  

 特筆されるべき事がここにある。それは上記の人物のうちイブン・アル・ハイサムは視覚、感触の知覚、色の認識、暗闇の認識、月の錯視の精神的な説明と両眼視を調べたということと、アル・ビールニーが実験的手法を用いて反応時間の研究を行ったと言うことである。イブン・シナはアリストテレスをベースとした壮大な心理哲学を展開し、アル・ファラビは「社会心理学」を提唱し、意識を論じた。マルコ・マルニは1530年頃に世界で初めて「人間性的理性心理学」という「心理学」と言う名のついた書物を発表した(アラビア語でnafsとは心という意味である)。  

 世間一般で考えられているように実験心理学の最初の貢献はウェーバーの弁別閾の実験ではなくて、イブン・アル・ハイサムとアル・ビールニーの先駆的研究なのである。  

 冒頭、精神医学的事件について述べたが、850年というきわめて早い時期に心理療法が始められている。1021年にはイブン・アル・ハイサムの、1030年にはアル・ビールニーの研究が発表されているから、ギリシアとの換骨奪胎だとしてもこれらを世界で最初の実験心理学的研究であると認めないわけにはいかない。アル・ビールニーは地球が自転していると唱えたことでも有名である。  

 アラビアの科学は、ほとんどの科学の胎盤である。  

 しかし、12~13世紀になると衰退の一途をたどった。暗黒のヨーロッパもオッカムをはじめとする神学と哲学の分離主義の思想的活躍でやがて黎明期であるイタリア・ルネッサンスを迎えることとなる。

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