素数の法則

 
 素数は複数の方程式からできている。以下にそれを示す。

 なお、計算の結果が5以外の5の倍数になったものはすべて除外するものとする(5の倍数が現れる問題は、素数の生成式自体のバグと言うよりも、素数生成におけるシンクロニシティの問題だと考える)。

 連続する数x、yにつき、|(x^2±y^2)±xy|、|(x+y)^2±xy|、および|(x+y)±xy|は素数

 また、|5(x+y)±xy|か|7(x+y)±xy|か|13(x+y)±xy|であってもそれらは素数

 同様に|(x+y)±7xy|、|(x+y)±13xy|も素数

 また、x、yのいずれかが3の倍数のとき、|(x+y)±3xy|も素数      

 さらに、xが奇数でyが偶数のとき、|(xy+x)±y|も素数(これは|(x+y)±xy|の補助になる)

 逆に、xが偶数でyが奇数のとき、|(xy-y)±x|も素数(これも|(x+y)±xy|の補助になる)

 これらは、それらの数値が1とそれ自身でしか割り切れないことの証明法である(これらの公式には2が出現せず1が出現する点に注意…1は2と読み換えるのが良い)。

 が、小さな素数については素因数の重ならない一方に2の素因数を持つ合成数同士を加えたり差を取るのが王道なのであろうが(ある合成数(偶数)のできるだけ小さな差の素数への分解を考えると良い)、2つの数の和と差の世界と言うのは足し算引き算と言うよりも「化け算」の顔があるので、そのような行き方を取るわけには行かなかった。

 ※「化け算」…25は24に1を加えただけの数なのに、前者は5^2、後者は3×2^3と言ったように、数論上の性質がまるっきり変わってしまうような加減算の性質を筆者が呼んだもの。

逆子数の法則

 
 例として9731を取ってみよう。

 9731の逆子数は1379である。その差は8352。これを9で割ると928。

 15031を取ってみよう。

 15031の逆子数は13051である。その差は1980。これを9で割ると220。

 862313を取ってみよう。

 862313の逆子数は313268である。その差は549045。これを9で割ると61005。

 こんな風にある大きな整数から小さなその逆子数を引くとそれは必ず9の倍数になる。

 では、左右対称数、たとえば1111とか11211はどう考えれば良いかと言うと、差は0なので9×0の結果だと解すれば良い。

 10のように逆子数が1桁になる場合は、01と2桁に読み替えて計算すると良い。

 奇数桁のときだけ大きな整数-その逆子数は99の倍数になる。

 それだけではない。桁にある数字をどう入れ替えて差を取ってもその差は9の倍数になる(0を先頭に持ってきて0を抜かすものは除く/数の入れ替えにかんしては、99の倍数則は成り立たない)。

 最後に、任意の整数+その逆子数を計算すると11の倍数になることを付け加えておく(こちらは偶数桁に限る…偶数桁同士の演算である限りは、繰り上がって奇数桁になる場合も可)。

ゼノンの「矢のパラドックス」の理解法

 
 ゼノンの有名な矢のパラドックスは、次のように考えると氷解する。なお、矢は等速直線運動をすると仮定する。

 「矢は到着点までその半分、そのまた半分、そのまたそのまた半分を通過しなければならないので矢は最終的に到着点に辿り着くことができない」。

 この詭弁は次のように考えるとすんなり理解できる。

 「矢がその半分に到達するのにかかる時間は全体の2分の1、そのまた半分に到着するのにかかる時間は全体の4分の1、そのまたそのまた半分に到着するのに要する時間は8分の1…」…これらの時間の合計は矢が射出点から到着点に達する時間に等しい。

 つまりこの問題の「逆パラドックス」は、次のことを教える。

 「時間を半分点、その半分点、そのまた半分点、そのまたそのまた半分点…と切り刻んでいるうちは、総所要時間に永久に及ばない」。

 まぁ、微分学のようなお話なのであった。

ユークリッド幾何学批判

 
 ユークリッド幾何学には、人間の認識と相容れない部分があるのでそれを質したい。

 点と線の定義において、それらは面積を持たないと仮定しているが、面積を持たない点や線は実在しない。

 こう指摘するとすぐにひとびとはイデア論の話に逃げる。点も線も真円も正三角形も実描に対するイデアであって、現実には描き得ず、なので真実に実在するものはイデア(仮構)だけなのだ…と。

 よくよく考えてほしい。この話は単なるレトリックなだけなのではないか、…と言うのも、点や線や真円や正三角形は現実に描き得ず…と言っておきながら、我々の脳裡でだけは描き得る、と言う…ちょっと待ってくれよ、そんなの我々の脳裡でさえ描き得ないではないか、…と言うお話になる。

 ユークリッド幾何学…延いてはイデア論そのものに矛盾があるのである。

 少し真面目に考えると、どこからそんなことを発明したのかは知らないが、点や線や真円や正三角形ほど真実には実在しえないものはない…だがみんなはそれ(=イデア)だけが真実に実在するのだと言う。

 ユークリッド幾何学自体の限界も含めて、イデア論に潜む矛盾についてご一考を迫っておく次第である。

統計的検定の初歩

 
 心理学においても、多彩な統計学の手法を用いていることは常識的なことである。

 しかし、その「ミソ」を明確にイメージできているひとはまずいない。

 そこで、ここでは統計的検定、中でも使用頻度の大きい「2つの平均値の差の検定(いわゆるt検定)」について、イメージからお話してみたい。

 集団Aと集団Bがいずれもある課題について正規分布をするとする。しかし集団Aの平均が50点(標準偏差4.5)で、集団Bの平均が55点(標準偏差5.0)だったとする。

 ここで集団Aの平均値と集団Bの平均値に有意な差があるかと言う問題に統計的答えを出すためには、これら2つの集団の正規分布曲線を重ねてみて、重複部分の面積が相対的に大きければ「有意差なし」、小さければ「有意差あり」と言うことになる。有意差についてはある程度重複面積が小さければ「5%水準で有意」、さらに小さければ「1%水準で有意」とかになり、マスコミの記事でこうした表現に触れたひとも少なくないだろう(要するに100回そうして5回ないし1回未満しか起こらない確率と言う意味です)。

 イメージで語れば、そのような手続きを取ることによって、集団Aと集団Bの平均値に差があるのかを検討できることは容易にお分かりいただけるであろう。本当に簡便な数式でこれを求めることができるのなら、それが主流となるべきである。

 しかし残念ながら、現実にはそのような統計学的手続きが実在するわけではなく、2つの集団の差分から成るもうひとつの正規分布曲線を導き出して、統計的に「有意」なのか否かを判別するのが現在のt検定の現実の手続きである。

 ここでの目的は、イメージとして統計的検定、分けてもt検定を理解してもらうことだったので、これで良しとしよう。

べき乗の増分法則

 正整数nの2乗の導出式   

           差分    

1の2乗   1    1   

2の2乗   4    3   

3の2乗   9    5   

4の2乗   16   7   

5の2乗   25   9      

………  

 以上のことからnの2乗は  (n-1)²+(n+(n-1))  と表現することができる。  

 これは、(n-1)²の展開式(n²-2n+1)からn²に持って行けばよいので、例えばn³でもn⁴でもnのr乗でもこれと同様の解を求めることができる。  

 ただし、そのような論理解を求めるより上記のような直感解を求める癖を付けた方が算術的なセンスは磨けるように思う。