ギルバート・ライル(Gilbert Ryle)が言いたかったかもなこと

 ギルバート・ライル(Gilbert Ryle)がその著“The Concept of Mind(心の概念)”で「身体」と「心」は概念クラスが別で、いわゆる「心身問題(身体と心の関係についての哲学的見解の問題)」は「カテゴリー・ミステイク(概念の取り違え)」が元で心身二元論(身体と心は別の存在である、と言う哲学説)が提唱されていると言う分析でした。

 ではライルはどう考えていたのか?

 彼はそのことについて触れてはいないので、僕なりのライルの見解観を自分なりに以下のように消化しました。

 「身体」と「心」の関係は、「形式」と「内容」の関係にあり、「形式」と「内容」を相互独立的な「存在」と見るのはおかしいのではないか?ひとつの事象のあり方と意味が常にあることの他の「面と容」同士であるように、「身体」と「心」の違いはライルが指摘したように、概念クラスが別々の「面と容」を曲解して並列的に並べただけではないのか?

 僕の思うライルの哲学的見解は、僕の憶測でしかないけれども、そんなところが問題の核心だったのではないだろうか?

 別に「身体」が「形式」で、「心」が「内容」だと考えたところで、何も医術の妨げにはならない。

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