心理学15の転回点

 1.生産性の規定因を探ったいわゆる「ホーソン研究」をはじめとする産業心理学説には「社会の中の企業」と言う視点が欠落していたため生産性の規定因を特定できなかった

 2.「絵画で心が分かる」と言う発想は、TPO無視の暴論に近い。特にひどいのは臨床心理学においてエビデンスのないほとんど芸術論のようなマズローの「欲求5段階説」などを高等教育機関の教員でさえ訓詁注釈している有様である

 3.心理学が「認識」を捨て「認知」概念にすがるようになったのには、「認識」と言うものが「事象を思いにフィットさせる自己説得過程」であるため、想定するグランドセオリーを築けなさそうだからである。もうひとつの事情として、AI神話があり、「プロダクションシステム」と言う「データ、ルール、インタープリタ」の可能性を過大視している向きがある。しかし、人間をはじめとする高等動物のコミュニケーションの9割がそれを成すような「訴求力」は「プロダクションシステム」によっては定義できないと言う事実を顧みていない

 4.最近よく引き合いに出されるE.L.ディシの動機付け理論において、「コンピテンシー」と「自己決定感」の2要因理解は肝心の「価値観」を除いて論じられている

 5.学習心理学の諸理論は、そもそもが実験動物主体の理論追求であったせいもあってか、「学習の時点」が必ず報酬を得た時点だと考えているが、我々人間の学習というのは、「その意義に気付いた時点(たとえば、「あれは良かった」などと経験を振り返った時点)」にも強化されると言うのが我々人間の常識であるはずが、すっかり忘れ去られている

 6.学習心理学にはそもそもから「残念賞」な部分がある。「科学」を志向しすぎて「行動主義」が生まれたときに、シカゴ学派のひとたちはラットを使って「学習」について研究をスタートしたが、そのとき気付くべき大きな知見があったのである。それは、野生のラットと飼育されたラットでは「気性」が180度違っている、と言う事実である

 7.いわゆる「ファシズム」はラタネとダーリーが説明に使った3つの要因を引かずとも、イソップ童話の「ネズミの相談」で説明できる

 8.誰も指摘しない「こころの証拠」は、「行為の反照性(存在の内在化)」にあり、純心理的ご褒美に反応するか否かでその存在を推定できる

 9.統合失調症治療には、「セロトニン系5HT2Aレセプター修復剤」を開発すれば良く、うつ病では仕事内の人間関係的報酬を仕事に見合うだけ回復することが予防の鍵となる

 10.社会心理学的事象には柳田国男の「ハレとケ」で説明できる事象が多い。例えば、学校のトイレで大便をした子どもがなぜからかわれるのかは、それらで説明できる

 11.「こころの定義」が心理学では慣用的で明確ではない。筆者の見るところ「こころ」とは、「思い(想念)と認識(想念帰着)の構造体」だと考えられる

 12.「理を知ること」において最も大きなファクターは「表情を読み取る力」であり、いわゆる「知能」と言うのは「確信を持って相手の目線を追い適切に対処する力」のことであろう

 13.学校の成績が示しているものは、「頭の良さ」と言うよりも、「学校の授業を意義深く感じやすいか」と考えた方が良い

 14.コリンズとロフタスの「活性化拡散モデル」は我々の日常生活でと受験勉強でと問題意識のあるテーマの思考でと与太話では記憶のあり方そのものが違う気がするが、ちと乱暴な見解ではないか、それなら、「意識は関係許容圏界面の移ろいからなる」と言った方が同じ屁理屈でもましではないか

 15.感情の本質は、「認知的OK-NGメーター」である

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。