講座 心理学概論 5 学習心理学 3 道具的条件付け その発祥と流れ

 我々は常々、何かを得るために行動し、その行動をルーティーン化して何かを得ることを日常とすることも多い。今節ではそのようなタイプの学習、すなわち「道具的条件付け」について述べる。    

 1898年、エドワード・ソーンダイクはその学位論文の中で「問題箱」を使った実験を報告した。「問題箱」とは、牢獄のような箱の中に一本のプランジャーが吊ってあり、これを何かの拍子で引くと箱の出口が開き、箱から脱出できる装置のことである。彼はその中に空腹のネコを入れ、箱から出られると餌を与えられるようにしてこの学習の進展を箱に入れてから出られるようになるまでの時間(これを「反応潜時」という)的変化を記録した。はじめのうちはネコは脱出までにかなりの時間を要していたが、試行を重ねるうちに徐々に潜時は小さくなっていくことが確認された。彼はそこから学習には発見とか洞察と言ったものは不要であって、ただ学習は機械的に進むのだ、と結論づけた。  

 1930年頃、「問題箱」が一回一回の離散試行だったのに対して、連続試行可能な装置、すなわち「スキナー箱」をバラス・スキナーが考案し、その装置は瞬く間に世界中の心理学実験室に配備されるようになった。この場合の被験体はハト、ラットである。装置の中のレバーを押すかペッキングするかによって、餌が箱の中に出てくる装置である。スキナーは様々な強化刺激の呈示法を考案した。ひたすら反応があるごとに強化(餌の呈示)を与えるスケジュールを「連続強化スケジュール」、一部の反応、時間ごとに強化を与えるスケジュールを「間歇強化スケジュール」と呼ぶ。後者にはいろいろな種類のスケジュールが考案されている。まず、報酬の与え方が一定数の反応後にある固定比率強化(Fixed Ratio Schedule:以下FRと略)、一定の時間後にある固定間隔強化(Fixed Interval Schedulu:以下FIと略)、様々な回数後に強化が行われ、総体としてみれば強化率の平均値が一定の変動比率強化(Variable Ratio Schedule:以下VRと略)、様々な間隔ごとに強化が行われ、総体としてみれば強化間隔の平均値は一定であるような変動間隔強化(Variable Interval Schedule:以下VIと略)、などがある。それぞれのスケジュールが考案された背景には、行動は強化されないほど消去しにくい(これを「部分強化効果」と言う)ということが分かっているためである。一般にVR、FR、VI、FIの順に強化されやすい。強化スケジュールは複合して用いられることも多い。スケジュールのあとに報酬の代わりにスケジュールを呈示し、前後のスケジュール間で弁別刺激が異なるものを連鎖スケジュール、同一なものを結合スケジュールと呼び、2つのスケジュールを交代で用いる場合に弁別刺激が異なるものを多元強化スケジュール、同一な場合を混合強化スケジュールと呼ぶ。また2つの操作体を同時に呈示し、操作体ごとに異なるスケジュールで強化することを並立強化スケジュール、このようなスケジュールを適用する際に強化刺激の代わりに強化スケジュールを呈示するスケジュールのことを並立連鎖スケジュールと言う。  

 道具的条件付けとは「報酬を得るために特定の方法(オペラント)を使って、これを満足させる学習」と言うことができるが、「潜在学習」等の事実から古典的条件付けと同じく、表面上反応が見られなくなったからと言って学習自体が消えてなくなる訳ではないことが明らかにされている。

講座 心理学概論 5 学習心理学 2 古典的条件付け

 我々は、梅干しを食べずとも見ただけで、唾液を分泌するなどの日常体験を持っていることだろう。このような現象のことを「条件反射」と呼び、視覚上の梅干しのことを条件刺激(Conditioned Stimulus:以下CSと略)、味覚上の梅干しのことを無条件刺激(Unconditioned Stimulus:以下USと略)、味覚から唾液分泌することを無条件反応(Unconditioned Response:以下URと略)、視覚から唾液分泌することを条件反応(Conditioned Response:以下CRと略)と呼んで区別する。このような日常の出来事は誰にでも観察されるが、それを世界で初めて心理学のテーマにしたのはサンクトペテルブルクの医師イワン・パブロフであった。ロシアに梅干しはないから、彼は実験中のイヌの観察を通してこの現象を発見した。  

 パブロフはイヌが餌皿を見ただけで消化液の分泌が増加することを発見した。そこで彼は、次のような実験を考え、実行に移した。手術が得意だった彼は、まずイヌの胃を手術で外界に露出させ、直接観察できるようにした。そしてメトロノームの音を聞かせた直後にイヌの口に肉粉を吹き付けるという手続を繰り返した。そして実験試行ではメトロノームの音だけを聞かせた。するとイヌはメトロノームの音を聞いただけで消化液を分泌することを実証した。  

 彼の研究はそれで満足しなかった。彼は条件を変えてさまざまな実験をした。まず時間的近接性を、同時条件付け(CSとUSを同時に呈示)、延滞条件付け(CSを先行呈示した上でUSを重ねて呈示)、痕跡条件付け(CS終了後にUSを呈示)、逆行条件付け(US終了後にCSを呈示)の4つのタイプに分け、遅延の短い延滞条件付けが最も効果的であることを見出した。続いてCSとUSの対呈示直前に新奇刺激を呈示するとCRが生じなくなることがあることを発見した。これを「外制止」という。そして4つの「内制止」、すなわち実験的消去、延滞制止、分化制止、条件性制止があることを突き止めた。これらの事実は一度学習された条件反射は、表面上反応が見られなくなったからと言って学習自体が消えてなくなるのではないことを示している。  

 他にも彼は、円と楕円を呈示後、円にはUSを伴い、楕円には何も伴わせないという手続で分化条件付けを行うと、はじめのうちは円にも楕円にも反応(これを「刺激般化」と言う)していたのが、次第に円だけに反応するようになり、さらに楕円を円に近づけていくと(すなわち弁別を難しくすると)、イヌは突然暴れ出し、簡単な課題もこなせなくなることを発見した。これは「実験神経症」と呼ばれる。  

 パブロフ自身は、脳のCSセンターと反応センターが連合するために条件反射が生じると考えていたようであるが、先にCS1-CS2の対呈示を行った場合CS1-USの対呈示を行っただけでCS2もCRを引き起こすこと(感性予備条件付け)、CS-USの対呈示を十分に行ったあとでラットを満腹にして刺激の価値を減ずると、CRは目に見えて減ることから、CSセンターとUSセンターの連合と見た方が正しいらしいことが分かっている。  

 その他にもパブロフ以降分かったこととして、「ブロッキング」「隠蔽」「過剰予期効果」などがある。はじめにCS1とUSの対呈示をすると、その後にCS1-CS2とUSの対呈示をしても、CS2はCRを惹起しないという知見が「ブロッキング」であり、CS1-CS2とUSの対呈示をしても刺激の弱い方にはCRが惹起されないという知見が「隠蔽」であり、CS1とUS、CS2とUSの対呈示後CS1-CS2の複合刺激には、CS1、CS2単独で惹起するCRよりも弱いCRしか得られないと言う知見が「過剰予期効果」である。これらは、刺激の大きさの意外性が条件反応を規定するというレスコーラ-ワグナーモデルでうまく説明できるが、ルボウの示した条件付け前にCSの単独呈示を繰り返しておくとCRの形成に遅れを生ずる「潜在抑制」が説明できないために、マッキントッシュの情報説、すなわちCSに情報としての価値がないと注意が向けられない、と言う説が取って代わっている。

 パブロフのこの業績に対しては、1904年に「ノーベル生理・医学賞」が与えられているが、筆者の素朴な疑問を最後に記す。

 なぜパブロフはわざわざ難しい手術を要する消化液で「条件反射」を主張したかったのか?なぜ犬の唾液で検証しようとしなかったのか、このような研究そのものにおける近視眼は、現在の多くの科学に積み残された課題だと言えよう。

講座 心理学概論 5 学習心理学 1 定義と概説

 我々は、意図的にも無意図的にも絶えず何かを学習しながら生きている。もし我々が何も学習しないとするならば、我々は赤ちゃんと大差ないであろう。  

 学習とは何だろうか。多くの心理学者は「経験を通しての比較的永続的な行動の変容」だと答えるだろう。このため、「今日は疲れている」などの一時的状態は学習に含まれない。我々のほとんどの行動は学習によって成立したものである。  

 多くの学習実験が人間を被験体としてではなくハトやラットを使って行われてきた。それはパブロフ以来何ら変わっていないが、より低次の動物の示す学習は、人間の学習の基礎過程を表していると学習研究者らが信じて止まないためである。事実、実験神経症や学習性無力感などは人間でも見られる現象である。  

 I.P.パブロフが学習心理学の基礎である条件反射学説を発表したのは、1902年のことであった。次いでパブロフの論文の英訳を読んだJ.B.ワトソンが1908年にこの学説を基に自らを「行動主義者」だとする講演をジョン・ホプキンズ大学で行い、エール大学に移った1912年の講演が「サイコロジカル・レビュー(Psychological Review)」誌に掲載されるに至って、彼の名は一躍有名になった。  

 1930年前後にスキナーはソーンダイクの「問題箱」に似た「スキナー箱」を考案し、パブロフやワトソンが問題にしたのとは機構の異なる条件付け、すなわち「オペラント学習」の研究を始めた。  

 1971年にはバンデューラが「観察学習」にかんする著書を発表し、それまでの学習心理学の常識を打ち破った。  

 それまでにも、パブロフやワトソン、スキナーの提唱した理論は、次々とそのままでは維持できないことが明らかにされ、学習の大前提だと考えられていた近接性の原理や頻回性の原理が学習にとって必須ではないことなどが明らかにされ、それまで学習は意外性の程度に左右されると言うレスコーラ=ワグナーモデルの着想も誤りであることが明らかにされ、学習という現象が当初想定されていたよりは遙かに複雑なことが分かってきた。  

 現在の学習心理学は、すべての学習現象を説明できる理論を求めて、日々研究が行われている。より普遍的な学習の理論を目指して、緻密な実験を繰り返し、説明理論の追求に余念がない。応用的観点からは「どうやったら学習成績は上がるの?」というような素朴な質問に正確に答えることが可能になりつつある。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 7 信号検出の理論

 我々は、何らかの色覚異常を持っていない限り、交通信号機の色を正しく認識し、交差点での安全を確保している。これは、我々が色の弁別を問題なく行っているからである。  

 しかし、現代という時代は、弁別閾、わけても絶対閾の問題を我々に突きつける。例えば、あなたが医者で、レントゲン写真から腫瘍の存在を判断しなくてはならない立場にあるとしよう。レントゲン写真はぼやけていて、そこに写っているものが腫瘍か否かを判断することは難しい。  

 仮に本当に腫瘍があって、手術の必要がある人のレントゲン写真をあなたが判断する場合を想定しよう。レントゲン写真はぼやけているが、なんとなく影のようなものが写っている。もしこれをぼやけているせいで「何もない」と判断したならば、手術で助かる見込みのある人を見殺しにすることになるだろう。あなたの医者としての評判は落ち、患者はあなたの診察を信じないようになるだろう。しかし、あなたは、「レントゲン写真がぼやけていたもので、仕方がなかった」と釈明するだろう。しかし、本来「腫瘍がある」と判断、すなわち「ヒット」すべき事例で、「腫瘍はない」と判断、すなわち「ミス」したことは、あなたが勤務医だったとしたら昇格を見送られたとしても、弁明の余地はない。このような判断の結果の利害を「ペイオフ」と言う。  

 もし仮に逆に本当は腫瘍がなくて、手術の必要のない人のレントゲン写真が上述のようであって、あなたが同様に「腫瘍がある」と判断、すなわち「フォールス・アラーム」したとしよう。手術の必要のない人を手術台に載せることになるだろう。最悪のペイオフは、必要のない手術を受けて死亡することである。あなたがその写真を正しく「腫瘍がない」と判断、すなわち「コレクト・レジェクション」できたならば、何の問題も生じないだろう。  

 様々な事態で、ペイオフは変わるだろう。避難すべきなのに津波警報を出さなかった場合と、避難しなくても良いのに津波警報を出した場合、前者のペイオフの方がはるかに大きいと思われる。  

 では、ヒット、ミス、フォールス・アラーム、コレクト・レジェクションは何が原因で分かれるのだろうか。一般的な説明は、刺激すなわち信号と雑刺激すなわちノイズの比がそれらを決定づけるだろうというものである。他にも要因はある。社会的条件や動機づけ、ペイオフに対する考え方などである。権威者の監視のもとでと、そうでない場合は判断が変化する。熱心に任務を遂行しようとしているのとそうでない場合でも同様に判断は変化する。無難をどれほど重要と考えるか否かによっても判断は変化する。  

 この理論は、気になる異性のそぶりの判断にも適用可能である。まず両思いか片思いかが決まっていて、愛の告白をすべきか否かという問題で、ヒット、ミス、フォールス・アラーム、コレクト・レジェクションは何かを考えると良い。もちろんペイオフも。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 6 感覚の仕組み 体表と体感覚

 情熱的な恋をしている異性と抱き合うと、身も心も温まるだろう。我々の体表は、およそ1.8㎡の面積を持ち、32℃以上の対象と触れ合うと「温もり」を感じる。ヒトの体温は36℃あるから、恋人の温もりを感じることができる。それ以下だと、逆に「冷たさ」を感じる。32℃ちょうどだと温もりも冷たさも感じないため、この温度は「生理的零度」と呼ばれる。  

 温もりを感じる受容器も冷たさを感じる受容器も、皮膚の自由神経終末にあるが、冷たさを感じる受容器の方が、温もりを感じる受容器よりも5倍ほど多い。このため、熱い刺激に触れても冷たさを感じることがある。これを「矛盾冷覚」と言う。  

 皮膚は圧も感じるが、軽く押され続けると順応を生じる。変化に敏感である。このため着ている服やかけている眼鏡を感じるのは、それらを着脱するときに限られる。メルケル触覚盤、マイスナー小体、パチニ小体の順に触2点閾(どこまで近傍の刺激を弁別できるかの値)は小さくて済み、メルケル触覚盤は舌先と指先に多く分布しているため、19世紀初頭にパリ盲学校の生徒で後に教師となったブライユによって最小弁別閾の文字、すなわち点字が考案され、それ以来長くに渡って視覚障害者のメディアとして定着しているが、近年、老化に伴って目が見えなくなる人が増え、識字はできるが見えない人たちのために、浮き出し文字の必要性も再認識され始めている。  

 皮膚および体躯は痛みの感覚も生ずる。痛みには一般に順応という現象は見られない。これは命にかかわる刺激であるためと考えられている。  

 いわゆる「三半規管」と言うものがその中にある「有毛細胞」を介して平衡感覚を司っている。視覚や筋運動感覚と連携していて、スケートで急速にスピンすると眼球の往復運動が生じる。これを「前庭性眼球振盪」と言う。これは、リンパ液の流動による。  

 前述の筋運動感覚は関節や筋肉の中の自由神経終末が受容器であり、運動を感知するとともに脳に絶えずフィードバックして、姿勢の制御にかかわっている。  

 視覚・平衡感覚・筋運動感覚は互いに連携して働き、運動の制御をする。それぞれが単一で働くことは希である。  

 以上、感覚のそれぞれについて概説した。次節では基本的にも応用的にも重要であると思われる感覚の「信号検出」について触れておきたい。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 5 感覚の仕組み 嗅覚と味覚

 我々は、食べることをやめてしまったら、死に至るだろう。この「食べる」と言う行動は視覚、嗅覚、味覚の総合からなっている。視覚が食に深く関わっていることは、否定しようもないが、既に述べたのでここでは残る嗅覚・味覚について食行動を中心に述べることにする。  

 嗅覚・味覚のモダリティは化学物質、わけても有機化合物である。嗅覚は揮発性の有機化合物の気体化したものの感覚、味覚は唾液という液体中の有機化合物の感覚である。なぜ嗅覚や味覚に感知される物質と感知されない物質があるのかは、まだよくわかっていない。  

 神経機構としては、嗅覚が「嗅覚上皮」、味覚が「味蕾」によって化学物質を神経インパルスに変えている。特殊なにおい・味に応答するニューロンもあるが、広い範囲の刺激を伝えるニューロンも多いことから、ニューロン応答のパターンがにおい・味を決定づけていると考えられる。鼻孔は2つあるが、極めて近傍にあるため、視覚や聴覚のように両鼻孔間刺激差を感知できるのかは疑わしいし、またそのような機構も見出されていない。味覚に関しても、ヘーニッヒの舌の「味覚地図(舌先は甘いものを、舌の両翼は酸っぱいものを感じるというような説)」が一時脚光を浴びたが、その後の研究で、この考えは誤りであることが明らかにされている。嗅覚的空間定位は鼻の位置を継次的に動かすことでにおいの濃度勾配を知り、においの発生源を特定しているのが、我々の生活上の現実である。そして、嗅覚は味覚を装飾する。もしも味覚に嗅覚が伴わないならば、我々の味覚は極めて貧弱なものになってしまうだろう。かくして食行動は更なる動機づけをフィードバックしている訳である。  

 昔から盛んに、においや味の特質を「基本嗅・基本味」に要約して表そうとする学者は絶えないが、その中でも最も代表的なモデルは、ヘニングの「においのプリズム」、「味の四面体」説で、比較的少数のにおい・味で、すべてのにおい・味を表そうとするものである。すなわち、においにあっては「花・薬味・果実・樹脂・腐敗・焦げ」の6要素、味にあっては「甘い・酸っぱい・塩味・苦み」の4要素(近年では「旨味」を加えた5要素)がにおい・味の基本要素だとするのである。  

 これに対し、におい・味は基本要素に分解できないとするにおい・味の「総合的性質」を強調する考えもある。におい・味は視聴覚のように客観的な振幅を持たないのでこのような議論が出てくるものと思われるが、基本嗅・基本味の提唱者らは、化学物質の構造的特質に注目することによって、この問題をクリアしようとしているように見受けられる。いずれが正しいかの決着は、もつれ込む様相を呈している。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 4 感覚の仕組み 聴覚

 視覚に次いで我々にとって重要な感覚は聴覚であろう。我々は声を聴いただけである程度人物情報を類推するし、救急車、警察車両のサイレンを聴かないならば重大な過失を犯すことにもなりかねない。加えて音楽を聴けないとすると、我々の生活から潤いが失われてしまうだろう。  

 聴覚のモダリティーは空間物質の粗密である。 

 我々人間はせいぜい20Hzから20kHzの粗密すなわち振動の感覚しか感じないけれども、ゾウやクジラはもっと低い振動を感じられるし、コウモリはもっと高い振動を感じることができる。しかし、ここでは人間の聴覚のみを扱うこととする。  

 視覚における電磁波と同様、音には高さと大きさという属性がある。前者を「ピッチ」、後者を「ラウドネス」と呼ぶ。  

 2つ耳があることは、我々にとって重要な意味を持っている。右耳と左耳の間はおよそ17センチ離れていて、音の到達測度の時間差が、その音はどこから来たかの手がかりになっている。これを「音源定位」と言う。だが不幸にして真正面、真後ろ、真上、真下から来る音には原理的に音源定位できない。しかし我々はそうだからといってそう言った方向から来る音の音源定位に困っている訳ではない。我々は頭を回転させることでこの問題に解決を与えているのが現実である。  

 次に「音が聴こえる」仕組みについて説明する。  

 耳の構造は鼓膜までの外耳道-(あぶみ、つち、きぬたの3種の)耳小骨がある中耳-蝸牛がある内耳というふうになっていて中耳と内耳の境目のところに前庭窓という器官があり、まず空気の粗密波である音が鼓膜を振動させ、それが耳小骨に伝えられる。振動した耳小骨は内耳の蝸牛に振動を伝え、その中にある基底膜と言う非常に敏感な器官に伝わる。このとき、前庭窓にかかる圧力は基底膜の反対にある鼓室窓がクッションとなって和らげられる。

 音を神経エネルギーに変えるのは、その中にある蓋膜と基底膜の運動が若干異なることによって折れ曲がったり伸びたりする有毛細胞の先端である線毛がある「コルチ器」である。高い音ほど前庭窓に近い領域を変位させ、低い音ほど蝸牛頂側を変位させることが分かっている。コルチ器の線毛が振動を神経インパルスに変えている訳である。  

 音の聞こえるメカニズムには既に触れた場所説と音波の刺激中の音圧の時間的増減によって聴神経の活動が増減するという斉射説の対立が見られるが、低い音では斉射説が、それ以外では場所説が説明原理たり得る、とする折衷派の立場もある。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 3 感覚の仕組み 視覚

 私たちは、おそらく視覚障害を持っていない限り、外界からの情報を視覚によっている。“イケメン”などという概念は、その良い象徴である。私たちが視覚依存の生活を送っていないならば、世間にはもっとバリエーションに富んだカップルが往来していることであろう。  

 「モダリティ」と言う概念を既に説明したが、視覚のモダリティは「電磁波」である。刺激の側から言えば「電磁波」には強度と振幅(周波数)と言う特性があるが、ある一定の振幅の範囲の「電磁波」しか我々は見ることができない。それは380nmから780nmの「電磁波」であり、これを「光」と言う。それより短いものは「紫外線」「X線」「ガンマ波」であり、長いものは「赤外線」「電波」である。  

 我々の目に入ってきた光は、角膜-釭彩-水晶体-網膜という順序で通り抜ける。角膜は目を覆う透明な膜で、釭彩は目に入る光の量を調節し瞳孔の大きさを決定する。水晶体は光を屈折し、明確な対象像を網膜に投射する。網膜には光受容細胞である錐体と桿体があり、光を受容すると受容器物質の化学構造を変化させるようになっている。錐体は網膜中心禍に最も多く自生し、赤-緑、黄-青、白-黒の色対立型細胞から成る。錐体は一本につき一個の視細胞が連絡しており、一定の強度以下の光を感じることはできない。桿体は網膜周辺部に多く見られ、感光色素ロドプシンを持ち一本に多数の視細胞が連絡している。このため、暗い場所においては、色の弁別が困難となる。強い光を見たあとに一定時間ものが見えなくなるのは、化学構造の変わってしまった光感知物質を再生成するのにそれだけの時間を必要とするためである。  

 暗いところから明るいところへ、あるいは明るいところから暗いところへ一瞬で視界が変化すると、後の方の刺激がはっきり視認できるようになるまで時間を要する。前者を「明順応」、後者を「暗順応」と言う。  

 視細胞は横方向の隣り合う視細胞の活動を抑制する。これを「側抑制」と呼ぶ。この機構が働くためにものとものとの境目がはっきり見えるようになっていて、錯視の一部をこれで説明する立場もある。  

 最後にティップスとして釭彩の調節にかんする興味深い知見を紹介しておく。  

 ヘス(Hess,1965)は瞳孔の大きさを決定づける要因には、光の物理的強度以外に、人間の抱く興味・関心がかかわっていることを実証した。すなわち興味・関心があるものほど瞳孔を大きくする、というのである。男女関係に苦労している諸氏には大いに参考にしてもらいたい。「目は口ほどにものを言う」のである。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 2 感覚の定義

 「感覚」と言う言葉の意味はとても広い。「洗練されたセンス」とか「生の感覚」など、いわゆる「五感」に限定されてはいない。しかし、心理学における「感覚」はいわゆる「五感」のことを表す場合が多い。  

 感覚には心理学的には視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感の他に温度感覚、痛覚、痒覚、臓器感覚、平衡感覚、運動感覚などが挙げられている。催幻覚剤(メスカリン、LSDなど)を服用すると、そこにないものが知覚されることがある。これを幻覚(hallcination)と言う。また、まぶたを強く押すと光を感じる。目のモダリティー(感覚適性)は光であって、圧力ではない。この場合の圧力を「不適刺激」と言う。  

 ところで、諸感覚に共通のモダリティーはないのであろうか。我々は「ある」と考える。どの感覚も「コントラスト」から成り立っている。感覚共通のモダリティーとして「コントラスト」を挙げておきたい。  

 感覚を扱った有名な哲学的著作にマッハの「感覚の分析」、ライルの「心の概念」などがある。いずれもすぐれた著作であるので、是非一度ご一読願いたい。  

 我々は感覚を外界・内界と心の接点だと定義する。我々の研究(2011)では意識を「経験を感覚すること」と定義していることから分かるように、内界内の感覚も含めて考えると言う立場である。こう定義することによって、心理学で扱える感覚を広げる狙いがある。  

 ところで果たして、ジェームズが主張するような「生の感覚」というのは実在するのであろうか。というのも、たとえば視覚において網膜像は反立しているのに我々は決して世界を逆さまに見ることはない。「知覚心理学」の章で取り上げるように、仮に「生の感覚」が実在するとしたら、ゲシュタルト心理学者たちが指摘したように、映画は細切れに見えるだろうし、音楽は知覚されないはずである。そのほか感覚は様々に修飾されている事実もこの仮定に疑問を投げかけている。哲学で言えば、カントの「物自体」という仮定が抱えているパラドックスと同じパラドックスに陥っているのではないか。   

 我々はこのような事態を受けて、心身二元論に代わる枠組みとして「態主義」と言う考え方をアンチテーゼとして提案したい。心理学的にバランスの取れた見方だと思うが故にである。「状態・事態」など、世界は態としてのみ知覚しうるのだと主張したいのである。

講座 心理学概論 4 感覚心理学 1 精神物理学

 ドイツにおいて1834年、ウェーバーによって刺激強度がどれくらい違えばたとえば重さのような感覚が区別できるかについての最初の重要な法則が発見された。それは、たとえば100グラムの重りと102グラムの重りがギリギリ区別できるならば、200グラムの重りと204グラムの重りでないと重さを区別できない、すなわち重さの区別は比率が一定にギリギリ区別できる、という法則であった。彼は区別という言葉の代わりに「弁別」と言う言葉を使って、区別できるギリギリの値を「弁別閾」と称した。  

 1860年、フェヒナーは「精神物理学要綱」という書物を著して刺激の物理的強度と精神的強度の関係にかんする、いわゆる「フェヒナーの法則」を発表した。精神が感じる刺激の強度は、物理的強度のべき乗(フェヒナーの場合、正確には対数)に感覚固有の定数をかけて示すことができる、と言う法則がそこには発表されていた。さらに、刺激を感知できるギリギリの物理学的値を「絶対閾」と呼び、その研究についても記していた。  

 フェヒナーは野心家だった。彼の構想では、物理的世界と精神的世界の関係にかんする学問である「外的精神物理学」と生理学的世界と精神的世界の関係にかんする学問である「内的精神物理学」を追求すべきであり、精神物理学の本質は内的精神物理学の完成にあると考えていた。現在でも未だ不明な部分の多い内的精神物理学の完成こそが彼のライフワークになるはずだった。しかし彼のこのような構想は、後世の心理学者・生理学者たちに委ねられることとなった。  

 正確に言うと、感覚のべき乗法則は、スティーヴンスによって完成された。彼は類い希なる数学的才能を持っていた。彼の心理統計の発展に尽力した部分は極めて大きい。心理統計の名義尺度・序数尺度・間隔尺度・比尺度の分類は彼の手によるものである。彼の精神物理学への評価は高く、「精神物理学は数学に似て、応用的分野で有用なものになるだろう。政治・産業においても不可欠のものになるだろう」と語り、精神物理学の厳密科学化に尽力したことは特筆されねばならない。