講座 心理学概論 10 社会心理学 15 我が国の自殺問題

 前節で読者の方から、アメリカの銃問題への筆者の認識の欠如についてご指摘を受けた。筆者の不勉強がその指摘の理由であり、その方にはお詫びとともに感謝の気持ちを表しておく。  

 アメリカで銃によって死亡するひと(自殺を除く)が2万3千人いると、その読者の方の指摘にはあった。秀吉の「刀狩令」以来、銃刀の所持が法で禁じられている我が国の問題ではないので、社会問題を追って発展してきたアメリカの社会心理学者たちには問題意識を喚起したいものである。  

 実は我が国ではそれとほぼ同数(2万4千人)の自殺者が年間出ていることが知られている(2015年度の統計による)。我が国の人口はアメリカの半分ほどなので、単純に考えてアメリカで銃によって命を落とすひとの2倍の日本国民が自殺によって自らの命を絶っていると言う計算になる。  

 そこでこの節では我が国の自殺について考えてみたい。自殺はがん、心疾患、脳血管疾患、肺炎、不慮の事故に次いで6番目に多い日本人の死因であり、すべての死者の3パーセントほどが自殺による死である。  

 最近は「いじめ」による自殺ばかりがクローズアップされているが、全自殺者数に占める割合がそれほど多いわけではない。  

 一番自殺するひとが多いのは中高年で、自殺者全体に占める割合は半数以上で際立っている。その主な理由は女性では「健康問題」、男性ではそれに加えて「経済・貧困問題」となっており、男性の自殺者は女性の2.5倍に上っている。また、職業を持たない失業者も含む無職の人間の自殺が全体の7割弱と際立って多い。  

 失業率が高い年、たとえばバブル崩壊後であるとかリーマンショック後であるとかのときに自殺率は30パーセントほど上がると言う事実も分かっており、リストラで無職者に転落したものの自殺が多いことが分かる。いわゆる「バブル」後の1999年には現在の1.5倍の3万7千人が自殺しており、基本的にそれ以降の自殺は減少傾向にある。  

 季節的には3月、曜日的には月曜日の自殺が最も多い。学校や会社に休暇で安心していた心に動揺が走り、結果として自殺してしまう者が多いようである。なお、特に自殺の多い月曜日は「ブルー・マンデー」と言われている。  

 自殺者の7割は自殺前に何らかの相談機関に悩みを打ち明けに行っていることも分かっている。  

 自殺率で見ると地域的には青森、岩手、秋田の東北三県が最も多く、その理由としては就職の難しさなどが挙げられている。これらの県では人口10万人当たりの自殺者が33人程度で、筆者が罹患して昨年手術を受けた胸椎黄色靭帯骨化症患者数の実に33倍と言うことになる。絶対数では無論人口が最多の東京が多いことは言うまでもない。  

 報道されて印象付けられるほど多いわけではないが、我が国独特の自殺の形態のひとつとして「無理心中」がある。ほとんどのケースで先を案じた心中計画者が先を案じられた者を巻き込んで行う自殺のことである。我が国では、幼い子どもが自分がいなくなった時に困るだろうと考えて母親が子どもを殺して自殺する例や、いわゆる「老々介護」での介護疲れにより要介護者を殺して自殺するケースが多い。実を言うと筆者の叔母も幼い子ども(つまり僕の従兄弟)を巻き添えにしようとして無理心中をして子どもたちは助かったが叔母だけは死んでいる。そのような因果があるので筆者の無理心中についての見解を示しておくと、我が国で本当に先が絶望的なケースはほとんどなく何らかの国の制度の対象になるはずなのでそう言うつまらない考えは捨てていただきたい、と言うものである。それが証拠に、僕の巻き添えにされかけた2人の従兄弟は立派に育ったではないか。要するに心中して得になることはひとつもないと言う事実に直面させるべきである。  

 ではどのような手段で自殺する者が多いのであろうか。警察庁の発表によれば、66パーセントの自殺者は縊死(いわゆる「首吊り」)で圧倒的に多く、次いでガス自殺、飛び降りの順となっている。自殺の場所は「自宅」が5割を超え、「乗り物」が1割程度、そしてその半数が「高層ビル」である。  

 自殺は適切な配慮があれば予防することが可能である。地域の相談窓口や「いのちの電話」がある地域では確実に自殺者は減少している。  

 また、清水は「死にたいと思っていひとは同時に生きたいとも思っており、必要な支援が得られて適切な問題解決がなされれば自殺は予防できる」と指摘している。  

 死を選ぶ人には生きることへの阻害要因が存在するので、それを取り除き、「生きることへの促進要因」を制度的にも法律的にも人心的にもしっかりと作り出せれば、相当数の自殺を思いとどまらせることができる。  

 我が国では医療的には医師の絶対数と時間的制約から十分な自殺希望者への対策を打つことはできない。このたび我が国には「公認心理師」なる国家資格が創設されるそうなのでそう言った人間が問題解決にコミットすることが望まれるが、自殺をしたいひととそこまでの間に適切かつ周知された水路が存在しなければ「絵に描いた餅」になってしまいかねないので、制度設計に当たって国や地方自治体は適切な対策を行うべきである。  

 また、自殺を減らす効果が実証されている要因として筆者がことあるごとに指摘してきた「ご近所付き合い」も挙げられているので、行き詰った人間を孤独に置かないことが非常に重要だと思われる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です