我々の概念や意味は、脳内ではどのようにして維持されているのであろうか。概念が一脳内細胞の変化に負っているとすれば、その細胞死は概念や意味を消失させるはずである。現に毎日おびただしい数の脳内細胞が死に、新生している。
もし脳内の特定の細胞によってのみ任意の概念や意味が担われているとすると、我々の記憶・概念操作・思考は著しい制限を受けることになるだろう。
そこで、概念というのは一定の神経細胞ユニット群が相互結合を持ち、それらの結合と活性化のパターンによって維持されているという考え方がラメルハートとマクレランドによって提出された。これを「並列分散処理モデル」と言う。
神経細胞ユニット同士が正の重みづけを持つ場合には活性化を促進し、負の重みづけを持つ場合には活性化を抑制する。
このモデルでは学習メカニズムを次のように考える。正答と実際の答えに差があったとき、その差をフィードバックしてユニット間の結合パターン・強度を変えることで達成されるのが学習という現象だという。このような形態での学習法のことを「誤差逆伝播法」と呼ぶ。
このようなメカニズムで概念や意味が維持されていると考えれば、細胞死による概念や意味の消失は起こりにくく、実際、失認症や失行症のメカニズムを考える上で、示唆に富んでいる。失認症で言えば、相貌失認のなかに特定の顔だけが認識できない患者がいることが報告されている。脳内ユニットのネットワークの特定の部分だけの欠損だと考えれば、こうした患者の病態をうまく説明できる。そろうべき何かが欠けていると考えられるためである。
現在のノイマン型コンピュータにもこうした考え方が導入され始めている。音声認識、パターン認識のプログラムに使用されているが、それを知っているひとは意外と少ないのが実情である。
実用的には、単語認知の過程を考えたり、文の理解を考えたりする際に並列分散処理モデルは活躍する。
並列分散処理モデルは実際の脳内細胞の生理的知見に基づいているわけではなく、あくまでも仮想的なモデルである。ユニット間に相互結合を仮定する相互結合ネットワークモデルと、入力ユニット、中間ユニット、出力ユニットを仮定する階層ネットワークモデルなどが考え出されている。
ユニットの結合的活性化パターンとして概念や意味を定義することによって、関係性としての概念・意味という発想が可能になり、これまで考えられてきた記憶や学習のメカニズムをより具体的に検討することが可能になってきた。これからは、他の心理学分野やコンピューター・サイエンスに欠かせない理論になるだろうと言うことは、言えそうである。