僕のFacebookの「友達」の二名敦子さんの歌の内容は夏とか海を題材にした作品が多いと思うのですが、僕は人間の本来見つけるべき知恵で一番素晴らしかったのは、海水から塩を得る知恵だと思っています。
で、ふとビーチのことが頭をよぎって「なぜビーチは山の地層のようではなく細かい砂で埋め尽くされているんだろう」と、ちょっとした問題意識を持ちました。
普通の土というのはある程度粘性があって、それが海水に長年月晒されると、何らかの化学変化によって粘着成分や岩石の固形性を解きほぐす役割を担っているのではないかと思うのです。だから、古くなった陶磁器の類いはもしかしたら海辺で海水に浸かったり海水が退いてお日様に当たったりを繰り返すと砂に帰って行けるのではないか、と。
で、僕は思いました。海水によって失われた土壌の粘着成分を海水から採取する技術が開発されれば、その成分を砂漠に投下してやると、砂漠緑化が可能なのではないか、と。逆にカスピ海が何万年もすると砂漠に変わるのでは、と。
ただし、砂漠そのものに功徳がないのかと言うと、そうではありません。特に熱帯の砂漠で人間が「温熱砂風呂」にでも埋まっていれば、病気快癒・健康増進に役立ちます。それは砂の中のシリカが超短波遠赤外線(テラヘルツ波)を発しているためで、他の有害生物とブッキングしない限り、きわめて有用です。
話を戻して、塩の取り過ぎが体に良くないのも、海水のこの性質と関係しているのではないでしょうか。
最近とみに問題になっている地球温暖化の問題のうち、二酸化炭素関係のものはたぶん、クロレラやユーグレナの高層大気中散布でどうにかなるように思います。一番良い方法は、バルーンでそれらを高層大気中に運び、気圧差で割れる方法ですが、どの高さで割れるようにするかが苦心のしどころだと思います。
現代の都会の因果をこれ以上の自然破壊を伴わずに回して行くために、僕はこれからの時代には大学に「リサイクル学部」を新設し、持続可能な社会を目指すべきと考えています。
