講座 心理学概論 9 発達心理学 11 キャリア発達

 現代の我が国の国民は、その多くが生業を得て生計を立てるのが社会の標準的な考え方となっている。  

 そこで、この節ではキャリア発達を考えてみたい。  

 キャリア発達を考えるときには大別して2つのファクターを視野に入れる必要がある。1つは職能の定着と発展であり、もう1つは職業人のライフステージである。  

 たとえばエンジニアになったひとがいるとする。彼は大学で機械工学を学び、企業の設計担当になったとする。会社の社風に適応し、それに沿った活動が彼には求められてくる。社風が「伝統を守る」企業か「全く新しい発想の製品を世に出す」企業か「多様な付加価値の創造に力を入れる」企業かで、彼の運命なり会社への適応の成功・失敗が規定されることは誰でも想像できることであろう。  

 企業が自分の会社の人材に求めるものが大学などの高等教育だけで完結するようなケースは珍しく、新たな技能が求められるのが一般的であろう。  

 と同時に、職業人のライフステージを考えた人事労務管理が企業には求められる。未婚の人間を採用したとしても、彼はいずれ結婚し子どもを授かり、企業人であると同時に親としての務めや町内会の役員としてもうまくやっていかなくてはならない。現代は夫婦共働きが常態化し、育児も母親だけの手に頼らず、保育施設や父親による養育(いわゆる「イクメン」)の需要が増し、男性への育児休暇取得にも政府は推奨する立場をとっている。この他にも「フレックスタイム・ワークシェアリング」制導入などの「働き方改革」も現在政府は推進している。  

 我が国の労働時間の実態は、先進国の中で最も過酷なのが現状である。ついこの前大手広告代理店「電通」の女性社員が自殺し、労災認定を受けた。広告代理店と言うのは柔軟な発想が要求されるので、精神に余裕の持てる労働時間を社員に与えた方が生産性が高まるはずなのに、企業体質が常に高い水準のパフォーマンスを社員にルーティーン化させようとするものの考え方は、もはや時代錯誤と言う他はない。たとえば幼稚園児にでも思い付きそうな単純な筆者の永久機関のアイディア「巡りん」でも、頭の固い50男が考えていたためか着想できるまで15年の時間を要している。「はじめは万事の半ばなり」と言うギリシアの格言がある。と言うことは、「巡りん」は30年かけないと出てこないアイディアだと言う計算になる。企業は新しいアイディアを社員に求めるのなら砂金堀りほどの気長さを持っていないと本物の知恵を手にはできないと考えるべきである。  

 ライフステージの問題と企業のそれへの配慮は、もっと言えば人間のあるべきライフスタイルの問題とも切っても切れない縁にある。いわゆる「ワーク・ライフバランス」の問題である。企業は常に職業人ひとりひとりのライフスタイルへの企業の考え方を前面に出して、企業は新卒なり再雇用なりの採用に当たるべきであろう。そうでなければ職業的不本意感を招き、会社不適応が原因の退職者が増えることになる。  

 こうした問題への取り組みは、概ね大企業の方が遅れている向きがある。筆者が取締役を務めている企業は10人規模の中小企業であるので、ひとりひとりを見ていても鼻くそがほじれるほどであるが、大企業では社員ひとりひとりまで目配せができる余裕がないことがその原因であるが、それなら人事部の人材を増やすことで対策はできるはずである。  

 職能発達についての的確な俯瞰は、シェインの考えた円錐形のモデルがそれを良く物語っているのでここで紹介しておきたい。  

 シェインは円錐状の縦軸を社長、部長、課長などの「職階」とし、円の中心にいる方が中枢的な仕事をするひとびとで、外周の方にいるひとびとの仕事はあまり重要ではない、と位置付けたうえで、円の切片の360°のどの角度にいるかによって経理、人事、営業、企画と言ったような「職種」を表現している。  

 このモデルはとても分かりやすいので、筆者のような人事にかかわる人間の間では常識となっている。たとえば、学校にせよ、企業にせよ、官僚機構にせよ、このモデルは有効な説明モデルだと言える。  

 このモデルの可能性は大きいが、多くの心理学者からある一点だけ欠点を指摘されることが多い。それは、このモデルでは「転職」を説明できない、と言うものである。筆者はもうひとつこのモデルの対象に入っていないひとびとがいると考えている。それは「副業・兼業・内職」を持つひとびとである。  

 我が国の従来の終身雇用制が徐々に崩れていく中で、転職者その他までを視野に入れたキャリアモデルの提出が俟たれている。

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