講座 心理学概論 10 社会心理学 9 ビジネスの心理学

 現在の我が国の人口の大多数はビジネスマンであろう。そこでこの節では、ビジネスの心理学を概論してみたい。  

 生産を除いて特にビジネスで重要なのは、「マーケティング(広告)」と「営業」であろう。これら2つの観点で話を進めてみたい。  

 マーケティングの先駆けになったのは、アメリカのスコットによる「広告心理学」の発刊である。  

 広告を考案するに当たっては、2つのファクターを考えなければならないとされている。1つは情報伝達機能であり、もう1つは説得機能である。特に説得機能については広告媒体の特性と訴求対象を考慮せねばならない。  

 一般に、広告の訴求者が信憑性が高いほど説得はうまく行きやすいと考えられている。マッカーシーはマーケティングの4要素として製品(product)、価格(price)、流通経路(place)、販売促進(promotion)のいわゆる「4つのP」を指摘している。  

 現代のマーケティングにおいては、広告の機序をモデル化した理論がいくつか考案されている。最初に提案された広告のモデルは「AIDMAモデル」である。広告の展開を「A(attention注意)」「I(interest興味)」「D(desire欲望)」「M(memory記憶)」「A(action購買)」の順で考えようと言うアイディアである。店頭での商品販売の場合は「M(memory)」の必要がないので「AIDAモデル」と言うことになる。  

 しかし、大手ネット通販サイト「Amazon」などが登場すると、そのようなモデルで販促を展開する限界が自覚されるようになった。大手広告代理店「電通」は、そこで現代ネット社会で通用するマーケティングモデルを提出した。それが「AISASモデル」である。「A(attention注意)」「I(interest興味)」「S(search検索)」「A(action購買)」「S(share情報共有)」の順で消費者が行動する、と考えたのである。  

 広告が消費者に影響を及ぼす指標としては「リーチ(広告到達率)」と「フリークエンシー(接触頻度)」の2つが代表的なものである。たとえば視聴率が10パーセントのテレビ広告を1回打てば、10人に1人の「リーチ」があると考える。しかし、広告を何度も流すことでその1人への「フリークエンシー」は高まり、消費者の心の中に広告が記憶されやすくなる。  

 ここまでは広告(マーケティング)を概観してみた。次に営業、特に「営業のテクニック」について概観する。  

 ジャニスとフィッシュバックは、交通事故の危険性の啓発などで使われる「恐怖喚起アピール」には説得の効果を弱める働きがあることを突き止めた。たとえば防犯グッズを売るときのセールスで「これを使えばこんなことにはなりませんよ」などと言う「恐怖喚起型」のセールスは有効ではないようである。  

 心理学の知見を用いた営業にかんしては、以下の2通りの有名な「テクニック」がある。  

 ひとつは、「フット・イン・ザ・ドア・テクニック(別名ローボール・テクニック)」と言って、まず街で誰でも応じそうな簡単なアンケートの依頼をして、協力が取れたら本命の依頼をする方法である。  

 もうひとつは「ドア・イン・ザ・フェース・テクニック」と言って、最初応諾困難な依頼をしておいていったん断られたところで、それよりはハードルの低い依頼をしてセールスをする方法である。  

 まぁ、バナナのたたき売りのような話である。  

 これらの販売テクニックの有効性を見るためにアメリカでは面白い実験がなされた。1群の被験者には座ってもファイルの山が崩れない状況を作り、もう1群の被験者には座るとファイルの山が崩れるように故意に仕掛けた状況を作って作業後に「次の作業にも協力してくれますか」と尋ねたところ、ファイルの山を崩した群の応諾性が有意に高かったと言うのである。この他にも、「相手がしてくれたのだから私も」と言う心理機制があり、これを「返報性の原理」と呼ぶ。  

 これらの知見は、良識の範囲内で使うことを読者でビジネスにかかわっているひとびとには注意喚起しておきたい。

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