人間の社会的認知はいったい何が規定しているのであろうか。
我々は何らかの自分の行為について他人からけなされたとき、悲しいと感じる。しかし、またべつのひとから「ドンマイ」と言われると心は落ち着き、元気を取り戻すことができる。
こうした「対人バランス」について、きわめてユニークな理論を唱えた3人の社会心理学者がいる。この節ではそれら3人の社会心理学者たちの理論を見ていくことにする。
まず、ひとり目は「認知的不協和理論」を唱えたフェスティンガーの理論を紹介する。
彼はひとが自分の心のバランスを保つ上で矛盾する情報にさらされた状態を「認知的不協和状態」だと言った。たとえば、喫煙する人間にとって「喫煙は有害」と言う情報は「認知的不協和状態」であり、人間と言うものはできるだけ心に葛藤や矛盾を抱えない「認知的協和状態」に自分の心を置いておこうとする心理機制が働くと主張した。先の喫煙の例だと、「喫煙をやめる」なり「喫煙はストレス解消に役立つので有意味であると考える」なりして自分の心を維持しようとする、と言うことになる。
たとえば新しいスマホを買ったら、すぐその後にさらに新しいスマホが出たと言うことを知れば、彼は熱心に自分のスマホの「トリセツ」を何回も読むだろう、と予測できるわけである。
ふたり目に「バランス理論」を唱えたハイダーの理論を見てみよう。この理論は本当に鋭いところに着眼しているので、読者の皆さんにはぜひ覚えていただきたい理論である。
この理論は「P-O-X理論」としばしば呼ばれる。どうしてそう呼ばれるかと言えば、Pはひと、Oは対象、Xは第三者のことを表しているためである。あるひとがある第三者のことを好きで、2人とも絵画が苦手だったとする。この場合、あるひとと第三者の関係はプラスの関係にあると考える。つまり、「P-X(+)」だと言うことである。そして両者とも絵画(O)が嫌いなので、「P-O(-)」、「X-O(-)」と言うことになり、2重のマイナスなので打ち消し合って絵画に対する2人の態度はプラスの関係と言うことになる。
このように、「P-O-X」の三者関係がトータルでプラスであれば「安定した人間関係」、逆にマイナスであれば「不安定な人間関係」を表すと言うのがハイダーの「バランス理論」の含意である。筆者などは、この理論を知ったとき、「よくそんな見事な発見をしたな」と大変感心したことがあり、それゆえ読者の皆さんも日常の対人関係でこの理論を使って事態を理解することを強くお勧めしておきたい。お気づきの方もいると思うが、これは「序説」に出てきた故・安倍淳吉の社会心理学の定義「Man to Man to Thing」の事態の理論そのものである。
さて、最後の理論であるが、これは「動機づけ」のところでも説明したディシの「やる気」にかんする社会心理学的理論である。
彼は、人間が何かに取り組もうとするときには、2つの条件が揃っていないと心のインバランスによって「やる気が出ない」と言う。ひとつはその物事についての「有能感(コンピーテンス)」であり、もうひとつはその物事についての「自己決定感」だと言う。
たとえば、親が「勉強しろ」と言うので勉強しても身が入らないし、勉強する内容が自分の能力を超えていると認知していればやはり「やる気」は出ないであろう。彼によれば、SOMAと言うブロックパズルを解く課題を被験者に与え、これらの条件が満たされている者のパフォーマンスと満たされていない者のパフォーマンスを比較したところ有意な差が認められたと言う。
認知の安定を図るとか、良好な人間関係を維持するとか、物事に取り組むとかするときには、読者の皆さんにはこれらの理論は役立つと思うので、ぜひ「豆知識」として心の中に置いておいていただきたいと思う。