ご近所さんから国家まで実に様々な社会の中を我々は生きているが、歴史上はナチスのホロコーストとか日本軍部の南京大虐殺とか、これが現代になると暴力で自分たちの社会勢力を伸ばそうとする「イスラム国」とか「ひとり独裁」が続く北朝鮮とか、一体なぜ人間は不条理な社会の形を選択してしまうのであろうか。
こうした現象について筆者は、いつも猫に悩まされているネズミたちが集まってどうしたものかと相談していたら一匹のネズミが「猫が来たことが分かるように猫の首に鈴をかければ良い」と言いどのネズミも「それは名案だ」と言ったがいざ誰が猫の首に鈴をかけてくるのかの話になった途端どのネズミも黙り込んでしまったと言うイソップ童話の「ネズミの相談」と言う話から筆者が名付けた「猫の鈴効果」と言うものがはたらき、それと相俟って人間の考えと言うものは議論の対象になったときに目新しい意見に注意が行くばかりに集団としての意見が極端に安全策に偏る「コーシャスシフト」と、逆に危険な方向に偏る「リスキーシフト」と言う「集団極性化」が働いて起こるからではないか、と見ている。これらはすべて「集団規範」の問題である。なぜアメリカでトランプ政権が誕生したのかなどはこの見地から理解できよう。特にこの場合では「集団極性化」の2つのシフトが同時に働いたとみられる。
こうした人間の不条理な規範ができてしまうのはなぜかについては多くの実験社会心理学的研究がある。
このような問題意識の下でミルグラムと言う心理学者はある意味有名な「服従実験」を行った。被験者は擦りガラス越しに映る問題回答者が答えを間違えるごとに罰として電気ショックを与えるよう実験者に命じられた。問題の間違いが累積していくにつれて電気ショックは強くするよう指示された。
すると、空恐ろしい結果が出た。被験者の実に9割以上が命じられるままに最強の電気ショックを与えるまでになったのである(この実験は被験者に強い心理的苦痛を与える実験であったため現在では禁止されている)。この実験での実験者が被験者に印象付けたのは「権威」だったので、その命令は我々の日常の規範よりもより強く、被験者たちは実験者の指示に盲目的に従ったものと考えられる。
もうひとつこのような実験がある。ジンバルドーが行った一般市民24名を受刑者と看守役に分けて経過を観察したところ、それぞれの役割がエスカレートしていき、僅か6日で中止になった「スタンフォード監獄実験」である。
規範と言うものは、人間の行動に節約性を与える役割も持っているので、ひとびとの心が規範に収斂するいわゆる「斉一性(同調へ)の圧力」と言うものが集団成員にはかかる。
アッシュはこのことを実証するために、7人のサクラと1人の本当の被験者の8人のグループを組んで、先にサクラの7人にわざと同じ間違った答えを述べさせた。その結果、3割の被験者がその明白に間違った答えを答えると言うショッキングな事実を明らかにした。
斉一性の圧力とはまた違った要因でもひとびとが規範を共有しようとする傾向にあることをシェリフは自動光点移動装置を用いて確認した。被験者がそれぞれの被験者が答えた数値をフィードバックして自分の数値を他の被験者の数値に近づけて行き、実験の最後の方ではすべての被験者がほとんど同じ数値を報告することを実証したのである。
人間と言うものは、ひとりぼっちにされたとき、どうしたらよいのか良く分からなくなると言う経験をお持ちの方も多いであろう。そのようなとき、たとえば前章で述べた乳幼児の「社会的参照」のように、他人の判断を準拠枠(判断基準)として参考にすると言う人間の本性をこれまで述べてきた研究は語りかけている。
このようなときに人間が規範に引きずられた誤った判断をしないために何が必要かと言うことを考えると、1つには規範自体が誤っていないこと、もう1つには規範に引きずられない強力な論拠を持っていることが大事ではないかと言うことが言えそうである。