講座 心理学概論 10 社会心理学 2 社会のはじめ

 まず、「人間はなぜ社会を作るのか」と「社会の本質」について考えてみたい。  

 それには、「人類はどこから来たか」を考えることがさまざまのことを我々に教えてくれるように思うので、そのあたりから考え始めたい。  

 人類は500万年前まではチンパンジーと同じ祖先を持っていて、アフリカに大地溝帯ができたために、外敵からの襲撃を受ける機会が激減し、樹上から陸上に生活の場が移り暇ができたために原始的な文化が始まったものと推察できる。  

 チンパンジーと人間に共通する特徴は、多くの肉食動物と違って、獲物を捕らえる鋭い牙もなければ、敵から身を守る強靭な甲羅があるわけでもなく、角があるわけでもなく、一個体だけでその生存を図ってゆくことは困難だったため、多くの草食動物同様、群れを作り役割を分化させることで最大の繁殖率を確保しようとしていたことは確かなことであろう。ただ、チンパンジーの社会のように有力なオスにしか繁殖権がなかったのかどうかははっきりしない。  

 この節のタイトルに「社会のはじめ」と書いたのは、社会と言うものの一番大事な構成要件は「規範」であることを指摘したかったためである。  

 群れの中ではできるだけ闘争を避け、群れに危険が迫ってきたときにはいち早くそれが群れに伝わるように司令塔的な存在が必要になり、その限りでは群れの中の平和を享受すると言う社会を作ることで人類の祖先は生存を図ってきた。  

 群れの中には一見何の情報もないように見えても、そのように群れの平和を保つ規範が意識的にか無意識的にか存在すること、それが社会の構成要件の本質である。それが証拠に、どこの国のひとびとも生活していくうえでたとい赤の他人との間であっても、普段は大声を上げないとか、お互いの行く手を遮らないとか、さまざまな「暗黙の了解=規範」を守っているために日常生活に混乱を来さなくて済んでいるわけである。  

 それは犬などの哺乳動物では、「なわばりと順位」と言った形で明確に現れていたが、人間の集団ほど群れの個体数が多くなり各個体の新皮質が発達すると心理的に流動化し、それに代わって上述のように人間社会は「規範」で自分たちを守るようになったのである。  

 やがて規範の類似した人間同士が意気投合することから文化と言うものが始まったと考えると自然なように思われる。まぁ、現在の政党とか派閥のようなものだったのであろう。  

 しかし、「文化」と言う言葉が徴表しているように、いつからどこで人類が「ことば」と言う文化の礎を手にしたのかは明確ではない。「ことば」と言うものの力は他のどんな動物同士の力よりも強力である。なぜなら、自分の意思はもちろんのこと、自分の置かれた状況の綾の事細かまでを伝え合うことは、群れの共有する情報量を飛躍的に増大させ、ときには知恵すら伝達しあえる仕組みになったと言うわけなのだから。  

 群れの規範を逸脱しない範囲で、人類は強力な親子関係を築くことで、文化の伝達効率を飛躍的に増大させたものと思われる。漠然と他個体とまちまちのかかわりを持つよりも、親子と言う括りで文化を伝達した方が生存にははるかに大きな可能性が生まれるからである。  

 規範と言うものは、物理的にも心理的にも交通整理のような役割を果たす。かくして、洞窟で暖が取れることを学んだ人類は、氷河期の恐竜のようなカタストロフを免れることができた。そのさいの交通整理の仕方は現在で言うマナーとかエチケットと呼ばれるものである。  

 人間には言語の中枢がある大脳左半球のみならず、イメージの中枢である右半球もあったので、ラスコーでは洞窟に壁画を残し、縄文時代の我が国では精巧な土器を作るものまで現れた。多くの者にとっては卑弥呼が統治に使った「魔鏡」と同じで、畏れと表裏一体の尊敬や崇拝の精神が喚び起こされ、社会秩序が徐々に確かなものになっていったことは間違いがないことであろう。ときにこれがあまりにも平凡で一般的なものになると再び人間は闘争と殺戮の時代を経験した。それが「食」と言う命の根幹にかかわる稲作が一般化した我が国の弥生時代のようなときである。  

 このように、「規範」と言うものが「社会のはじめ」であり、その交通整理機能が文化の濫觴であることが理解できたものと思う。  

 次節では、このような「規範」が現代人に対して持つ不思議な役割(規範の魔力)について具体的な研究を交えて説明することとしたい。

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