アメリカの社会心理学と言うのは社会で顕在化した事件・事故などにインパクトを受け、それをどうしたら理解・克服できるかと言う問題意識から行われた研究が非常に多い。
この節ではそのような問題意識から行われた社会心理学的研究を見ていくことにしたい。
一番有名なのは「キティ・ジェノビーズ事件」であろう。この事件はニューヨークのキューガーデン駅近くでキャサリン・ジェノビーズと言う女性が犯人に刺殺されると言う痛ましい事件であった。しかし、犯行現場に居合わせた38名のだれひとりとして彼女が大声で助けを求めたにもかかわらず、助ける者は一人としていなかった。
アメリカのラタネとダーリーと言う社会心理学者はこの事件に衝撃を受け、様々な研究を行った結果、「多数の無知(人数が大きくなると問題を認識しなくなる)」、「責任の分散(私ひとりぐらいでは何の影響も与えられないだろうと思う心理)」、「聴衆抑制(他人に動揺を悟られたくない)」の3つの「傍観者効果」と言うファクターがこのような悲惨な事件の背後に隠れている、とその著「冷淡な傍観者」において指摘した。
筆者はそこまで分析眼が鋭いわけではないので、「猫の鈴効果」でこのような現象は一元的に説明できると考えている。このことはたとえばいじめ問題とか多くの社会問題の説明に対して有効であると考える。
前の節で指摘した「服従実験」にせよ「スタンフォード監獄実験」にせよ「同調実験」にせよ、アメリカの社会心理学的研究は社会問題に対してとても敏感である。一時、心臓血管疾患に罹患しやすい性格である「タイプA」の人間についての研究が爆発的に多数行われたことがある。これなどもそれに含めて考えて良いように思う。
これらの研究が我々に教えていることは、ひとびとの精神的靭帯が強固かつ深くないと問題の根本的解決にはならない、と言うことのように思われる。
事件や事故その他で身内を失った者たちがその痛みを分かち合う「被害者家族会」もそう言った喪失体験の補償の機能を果たす。そこで重要になってくるのが「ソーシャル・サポート(社会的支援)」である。
ソーシャル・サポートの知覚には大別して2種類のものがある。社会的統合と知覚サポートである。前者はひとが良好な人間関係を通じて健康でいることにかんする直接的な効果が認められることが多く、後者ではストレス緩衝効果が見出されることが多い。
知覚サポートにかんしては、さらに2種類に大別される。問題解決などに威力を発揮しやすい「道具的サポート」とストレス緩衝効果などに有効な「情緒的サポート」である。臨床心理士などが行うのは主に「情緒的サポート」である。
これまでのコーエンとウィルズなどの研究で、ソーシャル・サポートの利用可能性を高く見積もるひとほどストレスが低い傾向にあることが見出されている。
現在社会では「原発避難者へのいじめ」が問題になっている。問題の解決のために臨床心理士などがこの問題の解決に従事している。これに限らずあらゆる社会問題においてソーシャル・サポートは重要な働きをする。
しかし、ナドラーとフィッシャーの自尊心脅威モデルが指摘しているように、援助を受ける側の問題解決能力が脆弱な場合には、「どうせ俺なんか助けてもらったって」と言う意識が働き、ソーシャル・サポートが功を奏しない場合もあることを読者の皆さんには認識しておいていただきたい。そのような場合には、短所を長所と見られるような柔軟な発想が要求されることになるであろう。
「困ったときはお互い様」と世間では言う。ひとびとの精神的靭帯が強固かつ深いと言った人間関係は、一種のソーシャル・サポートだと言える。
いったい、現代のコミュニティ社会意識の弱い我が国の現状はそれで良いのだろうか。