講座 心理学概論 10 社会心理学 11 「結い」の心理学

 筆者が社会を考えるときにいつも使っている「タテ社会」と「ヨコ社会」と言う概念に近い社会区分を考えた社会学者がいるので、この節ではそこから「結いの心理学」について考えてみたい。  

 ドイツの社会学者テンニースは、社会を考えるときに2つの社会に分けて考えるべきだとの見解を示している。1つは「ゲマインシャフト(人間関係重視社会)」でもう1つは「ゲゼルシャフト(利益追求社会)」である。  

 ゲマインシャフトとゲゼルシャフトではひとびとの心理機制は異なる。たとえばゲマインシャフトではひとの長所を引き出して社会の融和を図ることが第1義的に重視されるが、ゲゼルシャフトにおいては「人事考課」など人間に対する評価を介在させるので、ゲマインシャフトとは異なりいわゆる「競争原理」になりやすいと言う決定的な相違点がある。  

 我が国の江戸時代のことを考えてみると、「ムラ社会」のようなゲマインシャフトと「武家社会」のようなゲゼルシャフトの両者が混在していたと考えられよう。  

 競争原理の存在しない人間関係志向の社会では「仲良くやっていくこと」が最も大事であり、逆に企業のような常に競争を強いられている社会では「どれだけ利益を生み出せるか。それに特定のひとがどれだけ貢献しているか」が問題になる。当然社会心理学的に見られる心理機制にも差が存在する。  

 ゲマインシャフトではひとびとは相互扶助の関係にあって、成員ひとりひとりが一定の利他主義(altruism)を発揮しないとひとびとは生活に困窮する。  

 これに対してゲゼルシャフトにおいては金銭がひとびとを結び付ける重要な誘因(incentive)として存在し、近年までの我が国では極端な業績第一主義ではない終身雇用制と言う制度にそのような社会の成員は置かれ、まぁある程度までの人事評価によって職階に同じ年代の人間同士でも差がつく程度であった。それは、明治維新と言う一種の革命によって多くの民が150年前までは百姓をやっていたのをいきなり鞍替えさせられたような民族なので、ゲゼルシャフトの中にもゲマインシャフト的なファクターが残存していたと考えられる。「競争」の中に「協同」の部分もあった、と言うことである。  

 ゲマインシャフトにおける心理機制で一番ひとびとにおいて重要な社会を維持するために重要だった心理機制は「親密さの形成過程」と「平均以上効果」であろう。親密化過程においてはいわゆる「自己開示(セルフ・ディスクロージャー)」の広さと深まりに焦点を当てたアルトマンとテーラーによる「社会的浸透理論」が存在するが、そのような心理機制がゲマインシャフトの社会においては重要であり、かつまた誰が秀でていて誰が劣っているかよりもそのひとはどの部分が光っているかを見出そうとひとびとはするので、その成員の誰もが「自分は他人様並みである」と言う「平均以上効果」が成員全員に働くために、できるだけいさかいを避け丸く収めようとする社会が存在していたものと考えられる。  

 逆にゲゼルシャフトのような競争社会では、成員は常に一定以上のパフォーマンスを要求されているので、我が国のサラリーマンたちは常に「自分だけ得をして社会が破たんするかみんながそこまでは得をしなくても協力することでそこそこの利益があるのか」と言った「囚人のジレンマ」に代表されるような「社会的ジレンマ」を抱えながら仕事を遂行しなければならない。一時、「24時間戦えますか」と言うCMのキャッチコピーが流行したことがあるが、それはサラリーマンの置かれた状況をうまく描写している。  

 そのような社会では、すでに触れた「ピグマリオン効果」とか「ハロー効果」とか「確証バイアス」とかさまざまな社会の与える人間の認知バイアスが働く。ひとつここでそのような競争社会で見られる笑えない心理学的な機制をもう一つ付け加えておく。  

 ひとは期待されるほど一般に緊張する。そこからひとが逃れるためにしばしば「セルフハンディキャッピング」と言う心理機制が見られる。「セルフハンディキャッピング」とは、たとえば我が国の警察組織では巡査が警部補に昇進するためには所定の試験に合格しなければならないのであるが、たとい勉強しているひとであっても「勉強してないから不合格になるだろう」などと予め「失敗した時の言い訳」を準備しておくことである。  

 しかし、古来より我が国は「和」を尊重する民族性があるので、そう言うところは忘れないでいたいものである。

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