講座 心理学概論 9 発達心理学 5 乳幼児の情緒的発達

 ブルーナーによると、産まれて間もない新生児でも、自分の視知覚が最も鮮明に対象を捉えるときに満足の情動が見られると言う。彼によれば、乳幼児と言うのは能動的な存在であり、ロックの精神白紙説も適切ではなければライプニッツが言うような予め形成された実体と言う考えが適切でもないと言うことになる。  

 一般に人間の赤ちゃんは生後間もなくから嫌悪、興味、満足の情動を示し、3ヶ月齢になると悲しみ、驚き、喜びの情動が加わり、6か月齢では怒りが、それにやや遅れて恐れが見られるようになる。これらの感情の起源は、先天的視覚・聴覚障害の乳幼児にも見られることから、先天的に備わっているものと考えられている。生後1~2年になるといわゆる「二次的情動」である照れや共感、そして羨望などのより社会的な情動が見られるようになる。 

 ハーロウのアカゲザルの実験で見出された「アタッチメント(愛着)」と言う赤ちゃんが示す現象は、赤ちゃんが安全感覚を得るために示す行動だと定義されている。エインズワースは生後1年の子どもを母親と引き離し再会させられるときの反応の違いから乳幼児を4つのタイプに分ける「ストレンジ・シチュエーション法」と言う類型化技法を開発した。4つのタイプとは、母親を安定した心理的基地として行動できる「安定型」、母親が子どもを統制的に扱うために母親を安全基地とできない「回避型」、母親の庇護行動が一貫性を欠いているために行動が不安に満ちたものとなる「両価型」、母親におびえているような行動を示す「無秩序・無方向型」のことである。子どもがこのような母親とのダイナミックなかかわりの範型を獲得するこの範型のことをボウルヴィは「内的作業モデル」と名付けた。  

 母親は、赤ちゃんをあやすときなどに、子どもが喜んで「アーアーアー」とか発声するときに手をひらひらさせるなどの別の表現方法を子どもに与えることが多い。これを「情動調律(アチューンメント)」と言い、子ども自身が自分の感情や気分を明確化し、情動を分化していくのに役立っている。  産まれたばかりの赤ちゃんは、空腹や温度、疲労などによって情動が喚起されることが多いが、それを母親が察知し、適切に静穏化するが、このような母親のかかわりのことを「情動調整」と呼んでいる。3ヶ月齢位になると赤ちゃんはそのような母親のかかわりによって自分が楽になれることをおぼろげながらに理解し、5か月齢にもなると、泣き方によって母親からの応答を変えることを覚えるようになる。  

 生後9ヶ月齢以降の子どもは、自分だけではどうして良いか分からない状況に置かれたときに重要な他者(多くは母親)の反応を見て自分の行動を調節すると言うような「社会的参照」ができるようになる。キャンポスらの視覚的断崖(ガラスの下が白黒のチェックの断崖になっている境遇、1981)の研究では、子どもは母親が安心の表情をしているときにはためらいなく断崖を渡るが、不安の表情をしているときには断崖を渡らないと言う知見を見出している。これは、子育て中のお母様方が一番心配な子どもが危険物に近づいたとき、母親がどうすればそれを防げるかと言う問題の大きなヒントとして考えるべきであることを強く示唆している。  

 子どもにとって一般に母親は自分の生存を守ってくれるとと同時に、自分の欲求や感情を向け、それを適切に扱ってくれる存在である。この適切さのことを「情緒的利用可能性」と言い、もし母親にこの資質が欠けていると、学習心理学のところですでに述べたセリグマンのイヌのように「学習性無力感」のような心の病理に子どもは陥ってしまう。  

 いずれにせよ、母親と言うものは赤ちゃんにとって最も重要な他者であり、母親が子どもの心を読み取って適切に対処してあげられなかったりすると発達障害などの一因ともなりかねないので、子どもの情緒が安定するように行動するように心がけることが子育てでは極めて重要であると言うことを指摘してこの節を締めくくりたい。

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