ピアジェ理論は公教育に大きな影響を与えた。どの教科の何をいつ教えられるかを彼は示したからである。いま彼の理論は大きく再検討され出してはいるのだが、それは裏返せば彼がいかに公教育に大きなインパクトを与えた巨人だったかの証でもある。
ただし、1970年頃から始まったピアジェ理論の再検討によれば、ピアジェ理論では大人の認知発達については何も語られていないと言う問題、またシーガルのピアジェ理論への批判にあるようにピアジェの与えた子どもへのタスク(課題)は子どもを誤答に導くような質問場面の設定なのではと言った問題などがあり、盛んに再検討が行われている。
近年はスイスの心理学者ジャン・ピアジェのいわゆる「ピアジェ理論」への心理学者たちの挑戦が盛んで、先の節で述べた「乳児の有能性研究」などから一定の修正を迫られている「ピアジェ理論」であるが、彼の自分の子ども3人を観察して得られた洞察からなる彼なりの子どもの認知発達についての理論は当時として画期的であり、「ピアジェ理論になくば発達心理学にあらず」と言うほどの優れた洞察に満ちた理論であった。この節では簡単に彼の子どもの認知発達についての理論を紹介することにする。
彼は子どもの認知発達について4つのステージに分けて子どもを捉えた。産まれてから2歳ぐらいまでの間を「感覚運動期」、2歳から7歳くらいまでの間を「前操作期」、7歳から11歳くらいまでの間を「具体的操作期」、11歳以降を「形式的操作期」としたのである。
まず、「感覚運動期」であるが、これはさらに6つのステージに分けて考えられている。誕生から1ヶ月くらいまでは「反復の練習期」で、主として反射の繰り返しからなる。生後1ヶ月から4ヶ月くらいまでの間を「最初の習慣期」と呼び、お乳を吸ったり指をしゃぶったりと言った自分の行為に興味を持ち、それが習慣化していく時期である。この習慣化の過程を「第一次循環反応」と言う。4ヶ月半から7ヶ月くらいのときは、「見ることとつかむことの協応期」と言って、「シェマ(こころの範型)」が協応する第二次循環反応が見られる時期になり、「見る」ことと「つかむ」ことが結びついて「見るものをつかむ」と言う習慣が見られるようになる。8~9ヶ月になると「二次的シェマの協応期」と言って新奇な対象を衝立をどけて見ると言うような探索行動が盛んになってくる。さらに11~12ヶ月になると「第三次循環反応と新しい手段の発見期」になり、新奇な現象に出くわすと条件を変えて現象を探ったり、試行錯誤学習ができるようになり、18ヶ月にもなると「心的結合による新しい手段の発見期」に達し、それまで試行錯誤的だった学習は洞察的になる。以上が「感覚運動期」の特徴である。
2歳から7歳の間は「前操作期」と言い、人間に特有の言語に見るような象徴的思考や以前どこかで見た誰かの行為を真似る「延滞模倣」などが見られるようになり、子どもは「人間らしく」なってくる。しかし、この時期の子どもには彼とインヘルダーの「三つ山」研究(自分の見ている山の姿と他の人間が他のところから見ている山を同じ山の自他相違による見え方の相違だと理解できるかについての研究)に見られるように「自己中心性」と言う認知特性や「アミニズム(生きていないものにも命があると言うようなものの見方)」と言ったような認知的制約があって、広口のコップと狭口のコップの水位が同じなら水の量は変わらないと言う「保存概念の未獲得」の状態にある。
7歳から11歳くらいの間は「具体的操作期」と言って、「保存」概念が獲得されるが、たとえばいくつもの数字の書かれたブロックがあったとしても、ブロックの数しか答えられない時期である。
しかし11歳を過ぎると、子どもは先に述べたようなブロックに書かれた数字同士を足し合わせると言ったような「形式的操作」ができるようになり、その思考は成人と同等に達する。ピアジェ自身、10歳で公の生物学にかんする投稿論文を書いているので、ここに述べているような発達による認知の完成がそれほど厳密な子どもの年齢と符牒するのか疑問であるが、それが彼の主張である。
ピアジェ理論は公教育に大きな影響を与えた。どの教科の何をいつ教えられるかを彼は示したからである。いま彼の理論は大きく再検討され出してはいるのだが、それは裏返せば彼がいかに公教育に大きなインパクトを与えた巨人だったかの証でもある。
ただし、1970年頃から始まったピアジェ理論の再検討によれば、ピアジェ理論では大人の認知発達については何も語られていないと言う問題、またシーガルのピアジェ理論への批判にあるようにピアジェの与えた子どもへのタスク(課題)は子どもを誤答に導くような質問場面の設定なのではと言った問題などがあり、盛んに再検討が行われている。