講座 心理学概論 8 感情心理学 11 感情的統制と葛藤

 我々の生活には様々なシーンがあり、自分が重要だと思っている領域での失敗は心理的な苦痛を生み、大して重視しない場面でのしくじりはあまり打撃に感じないであろう。また、自分の意思決定に当たって、同程度の魅力のある選択肢を示された場合には、心に迷いが生まれることであろう。  

 この「失敗と成功」における感情と、「迷い」にかんする感情状態について、この節では考察したい。  

 確かに、我々は自分が重視している分野で失敗すると立ち直れなくなったり、大して重視していない分野でも成功を収めるとその分野を重視するようになることもあるだろう。前者を「学習性無力感」、後者を「リフレーミング(リストラクション)」と呼ぶ。「学習性無力感」と言う現象自体は、セリグマンが不可避な電撃を受けたイヌが、電撃から回避可能にしても回避行動を取らなくなるような現象のことを言い、「リフレーミング」と言う用語は、ベックの認知療法と言う心理療法の中でクライエントが無意味に捉えている現象を有意味に捉えるようになる心理プロセスに与えた名前である。筆者の記事「ダナイード」などはその好例であろう。  

 人間、物事が自分の思い通りになることは快であり、そうならないことは不快なものである。例えば、自分に特定の政治信条があって、信条通りに政治が動けば「胸のすく」思いをするであろうし、そうならなければ、恨み言の一つも言いたくなるものである。最近のアブラムソンらの改訂学習性無力感理論では、例えば政治が自分の手によって動かされているかあるいは自分の手の届かないところで動いているかの認知、すなわち事象の「帰属」によって無力感が植え付けられるかそうでないかが決まる、と言うような理論が優勢になっている。これは言い換えれば、ロッターの「統制の座(ローカス・オブ・コントロール)」と言う考えを無力感理論に持ち込んだ結果である。また、対象自体を変えられる型の統制を「一時的統制」、対象に応じて対応を変えるような型の統制を「二次的統制」と呼び、老人の「知恵」は二次的統制と関係が深いことが分かっている。  

 次に、「迷い」についての心理学的理論で押さえておきたいのは、レヴィンの葛藤(コンフリクト)理論である。彼によると葛藤には「接近-接近」、「回避-回避」、「接近-回避」の3通りが考えられると言う。「接近-接近」葛藤は冒頭に言及したような、志望大学2校に合格したが同じように魅力的でどちらに進もうかと言うようなタイプの「迷い」であり、「回避-回避」葛藤はそれとは逆に英語も数学も勉強したくないが容赦なく試験が迫っているようなときに味わうタイプの「迷い」であり、最後に「接近-回避」葛藤は、学校に行くには近道な道があるが、その道の脇にはど迫力で吠えるイヌがいる家の前を通らなければならないようなときに味わうタイプの「迷い」である。このようなとき、ひとは一般的に行動経済学で呼ばれる「損失忌避」と言う「得ることの喜びよりも失うことの痛みの方が大きい」と言う一般的意思決定をする。しかし、ギャンブルなどの変動比率強化事態においては、学習心理学の章で触れた通り必ずしもそうとは限らず、それはギャンブル事態に置かれた人間が全体を見渡せていないことを物語るものであり、「遅々として浪費させる」ことには確かに損失忌避のメカニズムは働いていることを覚えておいていただきたい。

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