講座 心理学概論 8 感情心理学 1 動機づけ

 我々は何らかの課題に取り組むとき、「やる気」が起こらなければ努力をしないであろう。希望の大学に入りたいと思えば思うほど勉強するだろうし、収入の大きな演奏会を主催する音楽団体は、ボランティアで開くコンサートよりも良い演奏をしようと努力するだろう。  

 このような、目標に向かって行動を始発し、満足されるまで行動を維持する心理的な力のことを心理学では「動機づけ」と呼ぶ。  

 心理学で本格的な動機づけの研究が始まったのは、アトキンソンによる「達成動機づけ」の研究によってである。アトキンソンは、成功する確率と失敗する確率が拮抗する状況で最も達成動機づけは高まるという理論を提出した。受験を例に取ると、受かるか受からないかが微妙な受験ほど受験勉強に身が入る、と言う説明になる。  

 そして、動機づけを左右する要因として、結果がどのような原因で生じたかについての推測のスタイル、すなわち「原因帰属」が挙げられるようになった。例えば、希望する大学に受かったとき、それが努力によるものか、問題の易しさによるものか、運によるものかの判断で、努力によると原因帰属するひとは、大学に入っても勤勉であろうと考えられるが、運によると原因帰属するひとにはそれほどの勤勉さは期待できないだろう。  

 ここから産まれた考え方に、「統制の座」と言う概念がある。自分の行為の原因を自分自身に、すなわち統制の座を内的要因に求めるひとは、結果に対して自分が有能か否かに関心が向きやすい。それに対して、自分の行為の原因を環境に、すなわち統制の座を外的要因に求めるひとは、無力感に苛まれ易いであろう。この概念は、例えば少年事件の鑑定などの説明にも用いることができる。ある非行を犯した少年がなぜ非行を犯したかについて、検察は「少年の残忍性」に答えを求め、弁護側は「少年の家庭環境」に原因を求めるケースが多いことは、日々のニュースでよく耳にすることだと思う。  

 さて、動機づけはなぜ起こるかについてここまでは述べたが、次に動機づけの種別について述べようと思う。  

 動機づけは、行動自体が目標であるような「内発的動機づけ」と、行動に伴う報酬が目的であるような「外発的動機づけ」がある。また、別の視点で捉えると、行為の習熟が目的である「マスタリー動機づけ」と行為の実行が目的である「遂行動機づけ」に大別できる。社会心理学者であるディシによると、遂行動機づけのうち目標志向の「接近遂行動機づけ」は、「有能さ」と「自己決定感」の両者が存在するとき、ひとは最も努力するという。これが例えば、受験勉強でやる気になっているときに親から「勉強しなさい」と言われるとたちどころにやる気がなくなってしまう「アンダーマイニング効果」が起こることを説明している。  

 しかし、近年の研究では、物理的報酬はアンダーマイニング効果を生むが、褒め言葉の場合にはこの現象は見られないという知見が明らかになっている。産業現場で、心理学的に何が生産性を高めるかについて頻繁に研究が行われてきたが、明確な処方箋は今日になっても得られていない。ディシの研究は、産業現場に示唆は与えるが、シャインが産業現場で働くひとびとを「複雑人」と捉えることを提唱していることに見ることができるように、単純な公式から生産性を語ることはできないのである。

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