講座 心理学概論 6 知覚心理学 16 人間工学

 人間の特性に合わせた環境の創造にかかわる分野のことを人間工学(ergoはたらきの+nomics法則、またはhuman engeneering)と言う。  

 たとえば、我々人間は20ヘルツ~20キロヘルツの音以外は聴くことができない。費用対効果の観点から見ると人間の可聴域だけに絞って音響装置を開発するのが合理的というものだろう。また、老人は目の黄化が進むため、黒地に青の看板は視認性が低くなるので、そう言った看板は老人には向いていない。このように、人間の諸特性を考慮した環境設計がきわめて重要である。クルマの計器類はできるだけ視認性が良く知覚を節約できるように設計するのが安全上大事である。  

 世界で初めて人間工学と言う言葉を公に使ったのは1922年、アメリカのボストンに「人間工学研究所」を設立したオコナーである。  

 なぜこの章で人間工学を取り上げたのかと言うと、ヴェルトハイマーの仮現運動などのメカニズムが現代のテレビ技術に活かされているように、知覚心理学と人間工学は切っても切れない縁にあるためである。  

 人間工学は客観的環境のみにとどまる学問ではなく、主観的環境の構成にもかかわる学問である。たとえば、視覚障害者に視覚的環境を与えようとするプロジェクトでは、健常者の視覚世界における後頭葉の血流を知ることによって、そのような血流を生じさせることによって視覚障害者にも視覚世界を体験してもらえるのではないかと、現在盛んに研究が行われている。  

 特に重要なのは、安全人間工学である。震災後の原発事故など「システム性災害」に見舞われている我が国において、災害の原因がヒューマン・エラーによっている部分も少なくなく、いかにヒューマン・エラーを前提としたインフラシステムの構築が重要であるかは、柳田邦男氏の著書などに触れられたことのある方は周知の事実であろう。狩野の指摘を俟つまでもなく、人間の不注意は自然現象であり、精神論で片付けるには稚拙に過ぎる。  

 そこで出てくるのが「フェイル・セーフ」の思想である。人間は誤る存在であるから、いかに誤っても大丈夫なシステムを安全人間工学は追究すべきだという思想である。たとえば、コックピット内で機長が心臓発作で急死しても副操縦士レベルで充分対応が可能なコックピット内の環境を整備しておくとか、リヴァースをかける条件を機械が自動で判断して、不自然なリヴァースを未然に防ぐ機構にしておくとか、航空機にかんするだけでも数百と「フェイル・セーフ」の機構を思いつくことができる。歯科医の施術、ホテルの防災機構、耐震住宅・・・いずれをとっても「フェイル・セーフ」を考えることができる。読者諸氏も身の回りで何が人間にしかできなくて、何がどこまでシステムの整備で解決できる問題かを考えてほしい。読者の中から「あれを思いついた人がいて良かった」と言われるひとが現れることを期待して、「知覚心理学」の章を締めくくりたいと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です