図と地を分けるものは「輪郭(contour)」と呼ばれる。目は二次元の網膜像に集約されるが、そこから三次元の環境像を推定することは重要な問題である。灰色の背景の中をまだら灰色の猫が走るのを想像してほしい。背景の灰色と猫の灰色は区別がつかない。そのため、そこに猫がいると気づくのは一大作業である。実際、猿・猫・フクロウ・ミツバチは欠けている環境情報を補完する機能を持っていることが心理学的に証明されている。
しかし、現実にはどうであろうか。認知心理学によれば、高次の推定によってそこに猫がいると判断できるとされた。実際、まとまりのある動物が動けば、我々は容易に、つまり一大作業を伴わずに、「そこに何かいる」と判断できる。これは「高次の推定」の一例である。しかし、問題が残る。ミツバチが「高次の推定」すなわち輪郭をその小さな脳内で計算できるのかという疑問である。
皆さんはご存じないかも知れないが、黒い60°の切り欠きを持った円が切り欠きを内側に向けてやや離れて3つ配置された場合、そこにないはずの三角形が「見える」。あるいは2つの格子模様が隣接して配置されていると、滑らかな曲線が中央に「見える」。これらの現象のことを「主観的輪郭」という。
それは恣意的なものではなく、普遍的な現象だと言うことは、種に共通の認知が起こることから明らかである。ゲシュタルト心理学において、プレグナンツの法則、つまり「良い形」に認識が体制化するように人間の頭が働くことは先述した。果たして、上述の例がそれに当たるのであろうか。答えは明らかである。三角形が「そこにある」と感じること、滑らかな境目が「そこにある」と感じることは、プレグナンツの法則の必然的帰結である。
お気づきの方もいるかとは思うが、この現象は進化心理学にも通じるものを持っている。種の保存と言う観点から見れば、外敵をどれだけ速く発見できるかは、対処行動の水準を決定する上で重要な役割を持っている。対処行動の水準とは、「第一弾」「第二弾」などの打つ手の段階のことである。「第一弾」、すなわち最も速く敵を発見したときには、仲間に知らせる余裕を持つことができる。
主観的輪郭とは、知覚的生態学的な最適解である。それは網膜の段階に始まって、大脳連合野の段階まで連続的に継承される。細胞レベルで見ると、主観的輪郭、すなわちないはずのエッジ(色の急勾配)に応答する細胞は多い。
いずれにせよ、攻める上でも守る上でも重要なのが主観的輪郭である。
なお、聴覚においては、倍音認知(ミッシング・ファンダメンタル)でそれが言えることを申し添えておく。