電話番号を一時的に覚えて、途中に余計な妨害刺激がなければ、我々は電話番号を正しく入力できるだろう。これに対して、語呂合わせなどの記憶術を使わないならば、円周率を正確に覚えられる範囲は限定されたものになるだろう。
何がそうさせているのだろうか。
19世紀の話になるがスコットランドの形而上学者ウィリアム・ハミルトンは床に豆粒を落としたとき「6粒以上になると混乱する」と述べている。
1871年にウィリアム・スタンリー・ジェヴァンズは、豆粒を箱に投げ入れたとき、何個の豆粒なら正確に答えられるかについての実験を行った。3、4粒の時は極めて正確に答えられ、5粒だと時々誤った報告をし、10粒でそれが頻繁になり、15粒だと正答することは不可能であった。その後ジョセフ・ジェイコブスが数列を読み上げ、直後に書き留めてもらうという手続きで何桁までなら正確に書き留められるかについての実験を行ったところ、8、9桁までなら正確に書き留めることができることを実証した。
しかし、我々の数唱においては電話の市外局番のようにひとまとまりにして覚えている数字も少なくない。自分の誕生日を覚えていないひとはいないだろう。心理学ではこのまとまりのことを「チャンク」と呼び、まとまりを作ることを「チャンキング」と呼ぶ。
それが如実に示されたのが将棋やチェスである。プロ棋士は駒一つ一つをではなく、よく現れる盤面のパターンを1チャンクとして認識することが知られている。その証拠にランダムに駒を配した盤面では、棋力が素人並に低下する。
通常ひとは数万から数十万のチャンクを持っているという。しかしそれは長期記憶においてであって、短期記憶における場合ではない。
この分野で最も有名な論文は、G.A.ミラーの「The magical Number 7 plus or minus two 」であろう。彼は様々な実験を行って、人間は7±2のチャンク数だけ短期記憶できることを示した。これは恐らく我々の経験則に一致するものであろう。他人の電話番号も誕生日もそれくらいの桁数である。
いわゆる「記憶術」もこの理屈を使っている。冒頭に出した円周率の記憶は、特定の場面の連続として記憶すれば、際限なく長期記憶できることは、このような能力を駆使したひとだけに可能なことが示されている。