講座 心理学概論 1 神経心理学 13 この章のまとめ

 神経心理学の課題は「こころ」を実現している生理学的側面の明確化にある。そのため、純生理学的研究のように人体自律のメカニズム(たとえば「ホメオスタシス(*)」「アロスタシス(*)」)を究明することにあるのではない(もっとも、「こころ」に影響を与える因子としては究明が必要であるが)。  

 心理学的現象にはそれを裏打ちする生理学的変化があった。学習・記憶などの現象の神経心理学的メカニズムも1949年ヘッブがシナプスの化学的物理的変化が学習のメカニズムであるというヘッブ則を主張して以来、こうした問題を(あるシナプスに高頻度で電気刺激を与えたとき、連絡神経の伝達効率が上がるというロモの)長期増強・(その逆の)長期抑圧というテーマで、たとえば利根川進らの研究グループは、空間学習にかかわるとされる海馬で長期増強が起こらないノックアウトマウスの学習能力が低下することを見出している、と言ったように、神経機構と学習・記憶の関係が明らかにされつつある。ミュラーのような生気論ではなく、デュボワ=レイモンやヘルムホルツの機械論が勝利しつつあるかのように見える。しかし、事は事ほど左様に単純なのであろうか。たとい機械論の立場で研究を続けていったとしても幾多の試練が待ち受けているであろう。また、この分野のフィールドワーク的研究の蓄積の小ささが、いささか目立つという思いに駆られるのは筆者だけであろうか。我々は主として心理学において、意味という観点から心を見て行こうとする。意味による過解釈を防ぐために生理学的研究に目を向けていたのではないだろうか?生理学的メカニズムに先立って心理学的、すなわち意味的現象があってはじめて「心理学的」研究は動機づけられてきたのではなかっただろうか?さまざまな生理学的神経学的事実をこれまで列挙してきたが、心理学はあらゆる角度からの心の理解に努力を惜しまないできた。  

 次章においては、そのような意味からも、どのようにこころにアプローチするかといった方法論的説明をする。心理学が実証的な科学たりえようとして心の豊かな内容をいささかも傷つけず、どんな工夫をしてきたかを歴史的時間軸に沿って書いて行く予定である。  

 筆者、常識的見解のように学の成立は方法論の成立にあるのではなくて、学の自覚にあるのだと考える。そのような主体的立場から見て、あえて方法論を前面に押し出すようなことはしない。あくまで心理学的研究を実際行う立場から見て便利なように方法論をまとめて述べるに過ぎない。読者諸氏はこのことをあくまで忘れないで欲しい。

(*)「ホメオスタシス」・・・生体が生理学的均衡を保とうとするメカニズム。キャノンが幾多の実験を経て提唱した。    

「アロスタシス」・・・・自律神経系による、変化を介しての生体の均衡維持メカニズム。たとえば「血圧」など。

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