講座 心理学概論 5 学習心理学 2 古典的条件付け

 我々は、梅干しを食べずとも見ただけで、唾液を分泌するなどの日常体験を持っていることだろう。このような現象のことを「条件反射」と呼び、視覚上の梅干しのことを条件刺激(Conditioned Stimulus:以下CSと略)、味覚上の梅干しのことを無条件刺激(Unconditioned Stimulus:以下USと略)、味覚から唾液分泌することを無条件反応(Unconditioned Response:以下URと略)、視覚から唾液分泌することを条件反応(Conditioned Response:以下CRと略)と呼んで区別する。このような日常の出来事は誰にでも観察されるが、それを世界で初めて心理学のテーマにしたのはサンクトペテルブルクの医師イワン・パブロフであった。ロシアに梅干しはないから、彼は実験中のイヌの観察を通してこの現象を発見した。  

 パブロフはイヌが餌皿を見ただけで消化液の分泌が増加することを発見した。そこで彼は、次のような実験を考え、実行に移した。手術が得意だった彼は、まずイヌの胃を手術で外界に露出させ、直接観察できるようにした。そしてメトロノームの音を聞かせた直後にイヌの口に肉粉を吹き付けるという手続を繰り返した。そして実験試行ではメトロノームの音だけを聞かせた。するとイヌはメトロノームの音を聞いただけで消化液を分泌することを実証した。  

 彼の研究はそれで満足しなかった。彼は条件を変えてさまざまな実験をした。まず時間的近接性を、同時条件付け(CSとUSを同時に呈示)、延滞条件付け(CSを先行呈示した上でUSを重ねて呈示)、痕跡条件付け(CS終了後にUSを呈示)、逆行条件付け(US終了後にCSを呈示)の4つのタイプに分け、遅延の短い延滞条件付けが最も効果的であることを見出した。続いてCSとUSの対呈示直前に新奇刺激を呈示するとCRが生じなくなることがあることを発見した。これを「外制止」という。そして4つの「内制止」、すなわち実験的消去、延滞制止、分化制止、条件性制止があることを突き止めた。これらの事実は一度学習された条件反射は、表面上反応が見られなくなったからと言って学習自体が消えてなくなるのではないことを示している。  

 他にも彼は、円と楕円を呈示後、円にはUSを伴い、楕円には何も伴わせないという手続で分化条件付けを行うと、はじめのうちは円にも楕円にも反応(これを「刺激般化」と言う)していたのが、次第に円だけに反応するようになり、さらに楕円を円に近づけていくと(すなわち弁別を難しくすると)、イヌは突然暴れ出し、簡単な課題もこなせなくなることを発見した。これは「実験神経症」と呼ばれる。  

 パブロフ自身は、脳のCSセンターと反応センターが連合するために条件反射が生じると考えていたようであるが、先にCS1-CS2の対呈示を行った場合CS1-USの対呈示を行っただけでCS2もCRを引き起こすこと(感性予備条件付け)、CS-USの対呈示を十分に行ったあとでラットを満腹にして刺激の価値を減ずると、CRは目に見えて減ることから、CSセンターとUSセンターの連合と見た方が正しいらしいことが分かっている。  

 その他にもパブロフ以降分かったこととして、「ブロッキング」「隠蔽」「過剰予期効果」などがある。はじめにCS1とUSの対呈示をすると、その後にCS1-CS2とUSの対呈示をしても、CS2はCRを惹起しないという知見が「ブロッキング」であり、CS1-CS2とUSの対呈示をしても刺激の弱い方にはCRが惹起されないという知見が「隠蔽」であり、CS1とUS、CS2とUSの対呈示後CS1-CS2の複合刺激には、CS1、CS2単独で惹起するCRよりも弱いCRしか得られないと言う知見が「過剰予期効果」である。これらは、刺激の大きさの意外性が条件反応を規定するというレスコーラ-ワグナーモデルでうまく説明できるが、ルボウの示した条件付け前にCSの単独呈示を繰り返しておくとCRの形成に遅れを生ずる「潜在抑制」が説明できないために、マッキントッシュの情報説、すなわちCSに情報としての価値がないと注意が向けられない、と言う説が取って代わっている。

 パブロフのこの業績に対しては、1904年に「ノーベル生理・医学賞」が与えられているが、筆者の素朴な疑問を最後に記す。

 なぜパブロフはわざわざ難しい手術を要する消化液で「条件反射」を主張したかったのか?なぜ犬の唾液で検証しようとしなかったのか、このような研究そのものにおける近視眼は、現在の多くの科学に積み残された課題だと言えよう。

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